<前編のあらすじ>
職場のトラブルで疲れ切ったままスーパーに立ち寄った郁実。そこで土用の丑の日だと知り、急きょ夕食用のうなぎを買うことにする。しかし、定価のうなぎは高く、郁実は半額シールの貼られた蒲焼きを購入した。
帰宅後、郁実は同居する義母・数子から「こんな安物」と嫌味を浴びせられる。もともと郁実が働きに出ることも快く思っていない数子は、家計を気にして買い物したことまで責め立て、郁実の苛立ちは限界に近づいていく。
謝る気になれない郁実は、数子の嫌味を聞き流しながら台所に立つ。そして、このまま温めるだけではまた文句を言われると感じた郁実は、半額うなぎを見つめながら、ある工夫を思いつくのだった。
●前編【「半額のうなぎなんて惨め」節約する嫁を見下す同居義母…怒りを飲み込んだ嫁の静かなる反撃】
台所で始まった小さな反撃
3人で夕食を囲む1時間前、郁実が実践したのは、とあるライフハックだった。
スーパーのうなぎを水で洗い、余分なタレを落としてから酒で蒸し焼きにすると、ふっくら仕上がるという投稿を、以前SNSで見かけたのを思い出したのだ。
「洗う、か……」
正直抵抗があった。せっかくついているタレを洗い流すなんて、本当に大丈夫なのか。失敗したら、それこそ数子の思うつぼだ。だが、このまま出しても文句を言われるのは避けられない。
「よし」
郁実は蛇口をひねり、うなぎをそっと流水に当てた。濃く固まっていたタレが少しずつ流れ、身の表面が見えてくる。崩れないように指先で支えながら、余分なべたつきだけを落とした。
「……意外と大丈夫そう」
キッチンペーパーを広げ、洗ったうなぎを慎重にのせて水気を抑える。まだ半信半疑ではあったが、暑さと怒りで失われていた集中力が徐々に戻ってくる気がした。
フライパンにアルミホイルを敷き、うなぎを並べた。酒を少量振ると、ふわりと甘い香りが立つ。ふたをして弱火にかけると、すぐに内側が白く曇り始めた。その間に、小鍋を出す。付属のタレだけでは足りない。郁実は醤油、みりん、砂糖を少しずつ入れ、火にかけながら混ぜた。
「甘すぎるかな」
味を見て、醤油をほんの少し足す。鍋の中でタレがとろりとしていくのを見ていると、気分がよくなっていった。フライパンのふたを開けると、蒸気が一気に広がる。
「え、すご……」
思わず声が漏れた。うなぎの身が、さっきより明らかにふっくらしている。箸で端を持ち上げても、固く反り返る感じがない。郁実は作ったタレを刷毛代わりのスプーンで薄く絡め、もう一度軽く火を入れた。香ばしい匂いが台所いっぱいに広がる。
「温めるだけじゃなかったの?」
居間から、数子の声がした。郁実は小さく息を吐いた。
「追加でタレを作ってるんです」
「タレで誤魔化したって変わらないわよ」
「いいから待っててください。もうすぐできますから」
郁実は温めておいたご飯を丼によそい、上にうなぎをのせた。仕上げにタレを回しかけると、照りが出て、半額品には見えないほどきれいにまとまった。
「ふふ、上出来」
居間ではまだ数子が何か言っていたが、郁実の気持ちは、さっきよりずっと穏やかだった。丼の上でつやよく光るうなぎを見下ろし、郁実は満足してうなずいたのだった。
