リーマン・ショックが暴いた投資の本質

リーマン・ショックは金融業界の構造的な問題を一気に露呈した。夜のオフィスには市場の急変に動揺した人々からの切実な電話が相次ぐようになった。

当時は、退職金や相続などで得た、まとまったお金で証券会社に勧められるまま投資信託を購入した結果、目を疑うほど下落してしまい途方に暮れる——そんなケースが数多く見られた。バブルが弾けるまでは何を買っても上がっていたため、「自分は投資がうまい」と誤解したり、金融機関のいうとおりにすれば儲かると思い込んだりしている層が一定数存在していた。そうした人々が大金を一括で投じ、下がって初めて事の重大さに青くなるという問題が一気に表面化することとなった。

「含み損は売らなければ確定しない。回復を待っては」と伝えても、らちがあかない。挙句の果てには「何を買えば損を取り戻せるか」と問われる。「急いで取り戻そうとしない方がいい」と諭すしかなかった。

こうした反応は当時の個人投資家には珍しくなかった。そして下がった損を取り戻そうと、新たな投資に踏み込む。これでは競馬の負けを競馬で取り戻そうとするようなもので、それがまた新たな損失を生む。「相場の負けは相場で取り返す」、そんな空気が時代を覆っていた。