家計の中で育てた小さな楽しみ

洗濯物を干し終えた恵美香は近所のスーパーに買い物に向かった。今後の夕食のメニューを考えながら精肉コーナーを見ていると、国産の豚肉に割引シールが貼られていた。恵美香が購入している時間帯に割引シールが貼られることは珍しく、嬉しくなって恵美香は豚肉をかごに入れた。

買い物から帰宅した恵美香は食材を冷蔵庫にしまうと、吊り戸棚を開けてその奥から陶器製の貯金箱を取り出した。下に黒いゴム栓がつき、手のひらよりも少し大きいサイズの貯金箱だ。恵美香は貯金箱をキッチン台に置くと、財布から500円玉を取り出してそれを1枚落とした。

専業主婦になってからの唯一の楽しみがこの500円玉貯金だった。

健介には言っていない。隠しているつもりはなかったが、健介から渡された生活費の中でやりくりをした結果のものなので言うほどでもないかなと思っていた。それに遊ぶお金を蓄えているというわけでもない。たとえば、生活費が思ったよりかかってしまったときの補填に使ったり、陽奈が急な熱を出して病院にかかったときの費用にしたり、使うのはもっぱら家族の生活のためだった。

そういう出費はありつつもこまごまと貯金を続けてきた結果、貯金箱はいつの間にかそれなりの重さになっている。何か目標がある貯金ではなかった。けれど恵美香はその重さを確かめるたびに、達成感を覚えていた。

友人からの思わぬ誘い

恵美香のスマホにかつての同僚でもあり友人の真由から電話があった。

「もしもし、電話なんて珍しいね。どうかしたの?」

真由とは恵美香が仕事を辞めても関係は続いていて、たまにランチを食べることもあった。

「実はうちの子が小学生になったこともあって手が離れたから来月からパートをすることになったんだ」

真由は恵美香のあとに結婚し、医療事務の仕事を辞めていた。

「へえ、そうなんだ。旦那さんは了承済みなの?」

「うん。これからいろいろとお金もかかるだろうから私も働かないとって話したら受け入れてくれたよ」

「そうかぁ。それじゃこれからは、なかなか一緒にご飯食べたりできなくなるね」

恵美香は少し寂しい気持ちになって話した。

「そうそう。だからさその前に一度、温泉旅行に行かない? 前からそんな話してたでしょ? 1泊くらいならうちは大丈夫そうだけど恵美香はどうかなと思って」

真由の提案に恵美香の心がわずかに弾んだ。友達と旅行なんて大学以来、行っていなかった。健介に話せば1泊くらいなら了承してもらえるかもしれない。それに幸い、お金だったらコツコツ貯めてきた。

「うん、私も行きたいから旦那に話をしてみるね」

「ほんと! それじゃ聞いてみて! もし行けそうなら2人で宿決めをしようよ」

恵美香は返事をして電話を切った。まだ行けると決まったわけではないのに久しぶりに心がわくわくしていた。