子どもたちに変化
律子は廊下の手前で息を詰めた。すると少しして、怜美が律子のところにやってきた。手には白い封筒がある。航大もその後ろから来て、気まずそうに頭をかいた。
「どうしたの?」
律子はできるだけ平静に尋ねた。
「これ、おばあちゃんにもらった」
怜美が封筒を差し出す。航大も上着のポケットから、同じような封筒を出した。
「内緒って言われたけど、言った方がいいんだよね」
律子は一瞬、言葉が出なかった。年末に話したことが、きちんと2人の中に残っていた。そのことが分かっただけで、肩から少し力が抜けた。
「うん。教えてくれてありがとう」
怜美は安心したように息を吐き、航大は照れ隠しのように視線をそらした。
「別に、約束したし」
律子は2つの封筒を手に、航大と怜美を連れて居間へ戻った。義美はちょうど廊下の奥から戻ってきたところで、律子の手元を見た瞬間、表情を固くした。夫もテレビから顔を上げた。事情を飲み込むまでに少し時間がかかったようだったが、航大と怜美がそれぞれ封筒を渡したのだと分かると、ばつが悪そうに姿勢を直した。
「お義母さん、またお小遣いをくださったそうで、ありがとうございます」
律子が礼を言うと、義美は口元にぎこちなく笑みを作った。
「まあ、わざわざ言わなくてもよかったのに。おばあちゃんからの気持ちなんだから」
口調こそ穏やかだったが、明らかに面白くなさそうだった。孫たちが自分との秘密を守らなかったことが、予想外だったのだろう。
「いつもありがとうございます。ただ、大きなお金は、家で相談してから使うことにしています。すぐに使わない分は、この子たちの口座に入れます」
「律子さんは本当に真面目なのね。少しくらい自由にさせてもいいでしょう」
「そう思われるかもしれません。でも、親に内緒のお金は作らせたくないんです」
静かに言い切ると、居間の空気が止まった。義美は何か言いたげに唇を動かしたが、航大と怜美が黙って律子のそばに立っているのを見て、言葉を飲み込んだ。気まずい沈黙の中、夫がようやく口を開いた。
「まあ、今回は律子の言う通り貯金でいいんじゃないか。年末にも、もらったしな」
決して強い援護ではない。それでも、年末のように軽く流されなかっただけで、律子の気持ちは少し和らいだ。義美は不満げに湯飲みを手に取った。
「はいはい。もうその話はいいわ。お茶、冷めるわよ」
お金の話題はそこで終わった。
義美が考えを改めたわけではない。きっとまた、似たようなことが起こるかもしれない。それでも航大と怜美は、内緒と言われたお金をもらったことを正直に報告してくれた。その事実だけで十分だった。
「航大くん、怜美ちゃん、またね」
「うん……」
「バイバイ」
帰りの車の中で、後部座席の2人は眠そうに窓の外を眺めている。夕方の道路には連休帰りの車が並び、西日が静かに家族を照らしていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
