月曜の朝、美波はカーペットの端に保育園の持ち物を並べ、連絡帳をもう一度開いた。着替え2組、おむつ、おしりふき、汚れ物を入れる袋。昨夜のうちにそろえたはずなのに、朝になるとどこか足りない気がして落ち着かない。
もうすぐ1歳になる娘は、まだ眠たそうな顔でベビーチェアに座り、小さくあくびをした。
「熱はないよね」
額に手を当てると、夫がコーヒーの入ったマグを置きながら苦笑する。
「さっきも測っただろ」
「でも、急に上がるかもしれないし」
「今日は慣らし保育なんだから、何かあったらすぐ連絡来るよ」
分かっている、と美波は心の中で答えた。分かっていても、落ち着かないのだ。育休に入ってからの1年、ほぼ片時も離れず一緒に過ごしてきた娘を他人に預ける日が来たのだから。
娘を預けた最初の朝
「おはようございます」
保育園の門の前には、同じように荷物を抱えた親たちが立っていた。先生に声をかけられ、娘を託した途端、小さな顔がくしゃりと歪む。
「すぐお迎え来るからね」
そう言っても、娘は美波の服をつかもうとして手を伸ばした。先生が慣れた手つきで抱き上げ、「大丈夫ですよ。少ししたら遊び始めますから」と笑う。美波はうなずきながら、泣き声を背中に受けて園を出た。
駅へ向かう途中で、スマホが震えた。実家の母からだった。
「どうだった、初日」
「ものすごく泣いてた」
「最初はみんなそうよ。慣らしのうちは熱も出るし、お迎えの電話もしょっちゅう来るからね」
「やっぱりそうなんだ」
「4月の頭から復帰しなくて正解だったと思うよ。仕事してたら、呼ばれてもすぐ行けないでしょ」
美波は歩きながら、小さく息を吐いた。
育休制度の都合上、4月中には復帰しなければならない。母の言う通り、月初から働き始めていたら、もっと慌ただしかったはずだ。
結局昼前には、園から「少し機嫌が悪いので早めにお願いします」と連絡が入り、美波は予定より早く迎えに向かった。娘は先生の腕の中でふてくされていたが、美波の顔を見ると、泣きながらしがみついてきた。
帰宅して寝かしつけたあと、美波は壁のカレンダーを見上げた。4月の終わりに赤い丸をつけた復帰日がある。その少し前まで、慣らし保育の予定が細かく書き込まれていた。
「やっぱり、ぎりぎりにしてよかった」
誰に聞かせるでもなくつぶやくと、キッチンから戻ってきた夫が「そうだな」と言った。
美波はうなずきながら、湯気の立つマグカップを受け取った。
