<前編のあらすじ>

笹山一仁(64)は自動車ディーラーの会社を営んでいたが、社長の座は後進に譲り悠々自適の日々を送っていた。

妻と離婚し、娘も海外で暮らしているので、自宅を処分し東京港区のタワーマンションに引っ越していた。

ある日、同じタワーマンションの高層階に住む香山蒼汰、香山舞衣の夫妻が笹山一仁の部屋にやってきた。

紅茶を淹れてもてなす一仁だったが、香山夫妻は「自分たちは高級ワインを持ってきたのに、安物のケーキを出した」と激怒。

それから一か月が経ったが、香山夫妻の怒りは収まらず、嫌がらせが続いているのだった……。

●前編:【「低層階の人はスーパーのケーキがご馳走なんですか?」タワマン高層階に住むパワーカップルが低層階の64歳男性に浴びせた罵声】

 

「いまあなたの悪い噂が出回っているみたいだよ」

それから一か月ほどたったある日。笹山一仁は自治会の活動でタワマン地下にあるゴミ捨て場を掃除していた。

と、その日一緒に掃除してくれていた、沢口利明というやはり低層階に住む60代の男性が、一仁を引っ張り物陰に連れてくると、ひそひそ声で言った。

「知ってる? いまあなたの悪い噂が出回っているみたいだよ」

「悪い噂?」

まったく予想もしていない話だったので一仁はぎょっとした。

「36階に住んでる香山さんって知ってる? あのパワーカップルの」

「え、ええ……」

香山夫妻の名前を聞くやいなや、一仁は急にめまいを覚え、視界が暗くなったように感じた。血圧が乱高下しているのかもしれなかった。

妻の香山舞衣が急に怒りだし、一仁を罵倒した事件は、忌まわしい記憶として胸に刻み込まれていた。

「なんかさ、その香山さんが、タワマン中で、あなたの悪口を言いふらしているみたいなんだよ」

「悪口?」

「あんな貧乏人と同じタワマンなんてがっかりした」

「なんでも、あなたの部屋に行ったところ、タワマンとは思えない貧乏な部屋で驚いた、って……」

「どういうことですか?」

「なんでも、『5階の笹山さんはかなり貧乏なんじゃないか。本来タワマンに住めるような人じゃない。年金暮らしだと言っていたけど、家賃も滞納しているんじゃないか』と言ってたらしいよ」

「はあ? デタラメですよ!」

「『あんな貧乏人と同じタワマンなんてがっかりした』とも言ってたみたいだよ。まあ要するに、あなたの部屋が質素で殺風景だったから、見下しているんだよ。香山さんは高層階住人で収入も多そうだし」

「ひどい、無茶苦茶だよ!」

一仁はいつしか大声をあげていた。香山舞衣の高慢ちきな顔が思いうかんだ。

「そりゃ、ただの陰口だろうけどさ。香山さんが言いふらしていたのは事実だから、あなたのほうも気をつけたほうがいいんじゃない?」

「気をつけるって、何を?」

「何か香山さんを怒らせるような出来事でもあったんじゃないの?」

そう言われて一仁は黙った。香山舞衣の怒りの形相と罵声が心に浮かんだ

「たしかに、トラブルがあったことは事実です……。ただ、私が何かしたわけじゃないんですが……」

「まあ、どっちが悪いかは知らんけどさ。あなたのほうが年長者なんだし、ここは器の大きいところを見せて、先に謝罪するなりしておいたほうがいいかも知れないよ?」