冷えきる夫婦仲
夜、東野家の食卓には気まずい雰囲気が漂っていた。悟志は焼き魚の身を箸で崩しながら、向かいに座る真里を見ないように努めた。
「結衣。ご飯、それで足りるの?」
真里が結衣に向かって尋ねる。
「うん、大丈夫」
「俺は全然足りない。おかわり」
「はいはい」
「お母さん、明日の朝練、6時半に出るから」
翔太が言うと、真里は茶碗に米をよそいながらうなずいた。
「わかった。お弁当、間に合うようにするね」
へそくりのことで口論になって3日。真里とは冷戦状態が続いている。
悟志の前にも茶碗はきちんと置かれているし、露骨に無視されているわけではない。だが、真里が自分にだけ関心を向けないようにしていることは、嫌でもわかった。かといって自分から話しかける気にはなれず、悟志は黙って箸を動かした。
「父さん、醤油取って」
翔太に言われ、悟志は無言で瓶を差し出す。
「ありがとう」
短いやり取りのあと、また食卓が静かになる。結衣も翔太も、気づかないふりをしているだけだろう。そう思うと居心地が悪い。だが、だからといって、あの通帳のことをなかったことにできるかといえば、それも違った。
食後、悟志が食器を流しに運ぶと、真里が背中越しに言った。
「そこ、置いといて。あとで洗うから」
「……わかった」
「明日、ごみの日だから、部屋のごみ出してまとめておいて」
「ああ」
用件だけの短い会話。悟志は言われた通りごみを集め、袋の口を縛ると、空のごみ箱を抱えながら、重い足取りで階段を上っていった。
●昇給も賞与も見送られ、家計への不安を募らせる悟志。妻・真里のへそくり通帳を見つけたことで夫婦は口論となり、冷戦状態に突入する。しかし、悟志はあることをきっかけに自分の態度を振り返ることになる…… 後編【妻のへそくりに逆上した夫が息子の一言でようやく気づいた大切なこと…妻が通帳を隠した本当の理由とは】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
