午後の会議室には、最初から重たい空気が流れていた。長机の上には決算資料が整然と並び、各部署の管理職たちが紙をめくるたび、乾いた音が響く。
営業一課の係長である悟志は後方の席に腰を下ろし、数字の並んだ表に目を落としていた。
売上は前年を下回り、利益率も落ちている。ここ数年、業界全体を覆っていたかげりが、今期はもう言い逃れのできない形で表れていた。
「原材料費の上昇と主要取引先の発注減、この2つがかなり響いています。新規の引き合い自体はありますが、単価が厳しい状況です」
前方では、部長が資料を指し示しながら説明を続けている。黙って説明を聞いていると、隣の席の主任が小声で耳打ちした。
「やっぱり、厳しいですね」
「そうですね」
やがて部長は一度言葉を切り、会議室を見回した。
「この状況を踏まえて、今期の昇給および賞与は見送ります」
誰からともなく嘆息が漏れたあと、会議室はしんと静まり返った。
誰も顔を上げない。悟志も資料の端を指で押さえたまま、ただ視線を落とす。
わかってはいた。だが、こうしてはっきり言葉にされると、やりきれない。
前の席から、控えめな声が上がった。
「来期も同じ見込みですか」
「現時点では厳しいです。状況が好転しない限り、大きな改善は見込めません」
別の席からは、苦笑まじりの声が漏れた。
「昇進関連も、しばらく止まりそうですね」
責任ばかりが増える中間管理職
係長のような下位の管理職は、いつも微妙な立場だと悟志は思う。
上からは小さなコストで大きな成果を上げることを求められ、下には己の不利な状況を悟られず、前向きに試練に向かわせなければならない。しかし、給料を上げることも、人を増やすことも、自分では決められない。責任ばかりが増え、その見返りはわずかな役職手当以外にはほとんどない。
「東野さん、今年はお互いきついですね」
会議が終わり、廊下に出ると、営業二課の係長が声をかけてきた。
「そうですね。ある程度予想はしてましたが……部下に睨まれそうです」
「私は部下より女房に話すほうが怖いです。帰ったら何を言われるか……」
「うちも似たようなものです」
軽口を言い合って別れ、自席に戻る。パソコンを立ち上げても、すぐには仕事に手がつかなかった。
住宅ローンの返済、子どもたちの大学進学費用、老後にかかる金。妻の真里もパートに出てくれてはいるが、家計の土台は自分の給料だ。その給料が増えないという現実が、重く胸に残った。
「係長、川木田商事の見積もり、15時でいいですか」
部下に声をかけられ、悟志は顔を上げた。
「ああ。送る前に一旦見せてくれ」
「わかりました」
転職、という2文字が頭をよぎったが、50歳の自分が条件のいい職場に移れる気はしなかった。考えれば考えるほど、先の見えない暗闇へ足を踏み入れていくような気分になる。
悟志は小さく息を吐き、画面に向き直った。どれだけ悩んだところで、目の前の仕事は待ってくれない。
