日本が「資産運用立国」を達成するためには何が必要なのか。各分野のキーパーソンに聞く「エンリッチ・ジャパン」。今回は、世界有数の資産運用会社でありながら日本株式のポテンシャルに着目した新たな運用戦略を展開している、アライアンス・バーンスタイン(以下「AB」)の阪口和子社長へのロングインタビュー(前後編)。
後編では、インベストメントチェーン高度化の前提となる、運用会社と企業、アセットオーナーとの望ましい関係性について、さらに、NISA制度の課題などを語ってもらった。
●前編:「失われた30年」でも光った日本市場の強靭性 さらなる飛躍のカギは「エンゲージメント投資」
――日本の企業と資本市場を次のステージに押し上げるためには、運用会社のエンゲージメントが重要な役割を果たすというお話ですが、その内容についてもう少し詳しく教えてください。
エンゲージメントというと、企業との対話を通じて、企業が抱えるESG課題の改善や解決を促そうとする「建設的な対話」といった表現をされますが、それだけではありません。企業価値の向上と持続的な成長をサポートすることも必須であるとABは考えています。
こうしたエンゲージメントの実現を目指す戦略の一例として、ABは2024年7月から日本企業のROEとガバナンスの改善を同時に目指す戦略を機関投資家向けにローンチしました。この戦略は、エンゲージメントをしながら、経営者にROEの改善を促していくというものです。従来も一般に、企業のマネジメントとの対話は重視されてきましたが、彼らに対して苦言を呈したり改善を求めたりといった課題解決に踏み込まれることはまれでした。ABはそこを一歩踏み込み、対話の質を上げつつROE改善を目指すことが本来のエンゲージメントにつながると考えています。また、こうしたエンゲージメントに適任と考え、この戦略のポートフォリオ・マネジャーには大手コンサルティングファームでコンサルタントとして豊富な経験を有するメンバーを配しました。いずれ個人投資家にも商品化できればと考えています。
――運用会社のエンゲージメントについての国内投資家の理解は進んでいますか。
特に機関投資家の間では進みつつあると思います。実際、先述の戦略の運用を始めてから、「エンゲージメントとはどういうものか?」「アクティビストとはなにが違うのか?」といった問い合わせを頂くことが多くなり、反響の大きさに驚いています。今までにはなかったことです。
理解が進んだ背景の一つとして、2024年8月に金融庁が策定した「アセットオーナー・プリンシプル(AOP)」が挙げられます。AOPは、資産運用立国実現に向けてアセットオーナーに求められる対応を示したもので、エンゲージメントの必要性にも言及されています。多くの年金基金や大学基金がAOP受け入れを表明し、エンゲージメントへの意識が強くなったことは、大きな前進であることは間違いありません。
――さらなるエンゲージメントの促進にはどんな課題があるでしょうか。
まず、いわゆる「アクティビスト」との違いを丁寧に説明していく必要はあるでしょう。アクティビストの場合、株主利益の向上を最優先として、企業側の議案に反対したり、敵対的な提案をしたりします。ときには、企業に対して敵対的買収を仕掛けたり、経営権を取得した後に特定の事業を部門ごとに切り売りをしたりするケースもあるでしょう。一方のABが行うエンゲージメントは、あくまでも「相互理解」を全体としており、原則友好的関係にあります。。あくまで、企業や経営者のパートナーとして伴走をする、というスタンスです。ここは、アクティビストのようなプライベートアセットビジネスと、私たちのようなアセットマネジメントビジネスとの違い、といった言い方もできるでしょう。
また運用会社の立場からは、運用コスト面への理解も促していきたいと思っています。エンゲージメントを行うための態勢づくりや企業調査には、当然ながら相応のコストがかかります。パッシブ運用とあまり変わらない報酬水準では、持続的なエンゲージメントは困難になる可能性が高いです。
こうした課題については大きな進展がありました。今年6月に金融庁が公表した『資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025』に、「アセットオーナーにおいては、中長期的な投資リターンの拡大に向けた有効なエンゲージメントの取組を資産運用会社に期待するのであれば、持続的な取組となるように相応の負担を行うなど、資産運用会社とアセットオーナーとの間で適切なコストシェアリングのあり方が模索されることが望ましい」と、コスト面での理解を促す記載されたのです。金融庁からこうしたコメントが発信されたことは、資産運用サービスの高度化に向けての取り組みを強化する上で、非常に大きな進展だと思います。
――個人投資家に目を向けると、「貯蓄から投資へ」の流れも着実に前進しつつあるように見えます。
個人投資家の「貯蓄から投資へ」という目標を実現する上で、NISAが果たした役割は極めて大きかったと思います。2025年3月末の口座数は2,646万口座に達し、投資の累計額もすでに56兆円を超えました。この56兆円というのは、政府が2027年を目途としていた目標なので、それを前倒しで達成したことになります。マーケット環境が好調だったことも要因でしょう。
ただマーケットの不透明感などを理由に足元ではNISA口座の解約も出始めているようです。その影響もあるのか、また以前のような短期的な収益を追求するようなテーマ型ファンドのようなものも増えてきており、せっかく根付いてきた「貯蓄から投資へ」の流れが逆流する懸念もないわけではありません。やはり投資教育を充実させていくことが大きな課題であると考えています。
――制度面で改善を期待したい点はありますか。
現在、「プラチナNISA」の創設についても検討されていますが、ぜひ検討していただきたいのが、相続時の税制優遇です。現状のNISAでは、株式や投資信託を保有されていた方が亡くなられた場合、当時の時価が相続税の課税対象となります。となると、そのまま売却されるケースも出てきますし、マーケットにも少なからず影響が及ぶでしょう。相続時の税制優遇があれば、高齢者の方々等も安心してNISAを始められるし、マーケットへの影響も小さくすることができるはずです。
