<前編のあらすじ>
感染症が猛威を振るう中、東京都内で専業主婦をしていた新井さん(仮名)は、ママ友の浅岡さん(仮名)から子どもの進学費用として20万円の借金を申し込まれる。
「下の子の進学費用がどうしても捻出できず、お金を貸してほしい」という切実な相談に、新井さんは育児の大変さや将来への不安を共有する母親として共感。法律番組で得た知識から、認印での契約でも有効だと信じ込み、夫には内緒で契約を交わす。
しかし、返済期限を過ぎても浅岡さんからの返済はなく、催促すると「そんな契約は知らない」「その印鑑は自分のものではない」と一転して契約の存在を否定されてしまう。
●前編:「進学費用が捻出できない…」ママ友の悩みに共感してお金を貸した専業主婦、返済拒否した相手の「衝撃的な言い訳」
新井さんが直面した厳しい現実
浅岡さんが返済を拒否してから数カ月後、新井さんから「相談があります。裁判ってどうなんでしょうか」と本件について相談があった。私は新井さんと学生時代の友人で、年数回、友人同士の集まりの場で顔を合わせる関係性だった。
まずは新井さんから話を聞く。契約書はあるが相手が認印を理由に返済を拒否していること、金額が20万円ということなど事情を把握した。
ただ現実は厳しい。裁判を起こして勝利を勝ち取りお金を返済させる。それは決して容易ではないのだ。
こう話すと「契約書に押印があればその契約書は有効ではないのか?」と疑問が出るかもしれない。確かに裁判では押印済みの契約書は有効な証拠となる。だが、それだけで物事が決まるほど単純ではない。
認印の場合、誰でも簡単に入手できるものであることがほとんどだ。押印があることで推定される文書の正しさが担保されるのは、押印を本人がした事実があってこそ。その推定や証明が難しいような場合は根底が覆る可能性もある。
特に、印鑑登録証明書によって「本人による意思の下された押印」であると分かる場合と異なり、認印の場合はこのように真実性の証明が課題となる。
もちろん必ずしも裁判で負けるわけではないだろう。その他の状況や当事者の主張などによっても異なるかもしれない。しかし、裁判手続は基本的に時間と費用がかかる。その負担は長引けば長引くほど、現実的でないものになる可能性が高い。
額面は20万円。弁護士など訴訟の専門家に依頼して裁判手続きをして勝ったとしても、マイナスになる可能性が十分あること。勝訴しても相手にお金がなく、実際に返済を受けられない可能性があることも考え、私は新井さんに「心苦しいですが……」と話を切り出し、訴訟が現実的でないことを伝えた。