犯人にしてあげたこと

翌日、昼頃にさつきの家のインターホンが鳴った。さつきが出ると、身綺麗な洋服を着た中年の女性が立っていた。

「初めまして。西川美幸の娘の、幸奈と申します。昨日は、本当に申し訳ございませんでした。これ、つまらないものですが……」

そう言って、幸奈は菓子折りを差し出した。さゆりでも名前くらいは知っている、銘菓の羊羹だった。

「お気遣いありがとうございます」

「あの、それで、母の件は……」

「ああ、そうでしたね」

さつきが言うと、幸奈は困惑を浮かべた。

昨日、さつきは西川の家の電話から娘の幸奈に連絡を入れた。もちろん用件は紫陽花泥棒のこと。ただし、窃盗罪や住居侵入罪などで訴えることも考えていることや、西川が混乱していて話し合いができず困っていること、そして娘である幸奈が来ないなら警察に相談することなど、実際とは異なる嘘を添えた。

「あのあと、少しお話ができて、西川さんから事情を伺ったんです。そしたら、なんでも紫陽花が昔、幸奈さんにプレゼントしてもらった思い出の花だったらしくって。私にとっても紫陽花は主人との思い出の花だったので、少しじんとしちゃいました」

「え、ああ、まあ、その、あ、ありがとうございます?」

幸奈は話がてんで分からないという様子だった。きっとどうやって事を穏便に済ませてもらうかを考えながらやってきたのだろう。さつきは幸奈にお茶を出しながら、自分がやっていることはほとんど脅しも同然だという自覚はあったので、少し申し訳ない気持ちになった。

「西川さん、さみしかったそうなんです。それに、とても後悔しておられましたよ。娘が幸せならそれが一番なのにって」

「もしかして、そのために私のことを?」

「人って、あっという間にいなくなっちゃうんです。まだ元気に話せるうちに、お話しておいたほうがいいと思います。お節介かもしれないですけど」

幸奈はお茶を飲み干し、立ち上がる。それではこれで失礼します、と頭を下げた。直接的な言葉は何も交わさずとも、きっと大丈夫だと、さつきは思った。

「それでね。この前なんて、孫たちを連れて遊びにきてくれたよの」

「へぇ、よかったですね。わ、みんなかわいい」

西川が見せてくれるスマホをのぞき込む。朗らかな表情で2人の孫に囲まれている西川は幸せそうに見えた。

あれ以来、西川のもとには幸奈からたびたび連絡があったり、家族で遊びに来てくれたりしているそうだ。そして、さつきと西川もまた、お互いの家を行き来しながらお茶をする仲になっていた。

「今度、幸奈たちが来ているときに、ぜひ遊びにきてくださいな。幸奈も東野さんにとても会いたがっていたから」

「お誘いありがとうございます。それじゃあ、何かおかずか、お菓子でも作って持っていこうかしら」

窓の外に広がる庭を眺める。差し込む光に照らされながら、またひとつ思い出の増えた紫陽花が咲いている。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。