<前編のあらすじ>
バツイチの梨沙子(41歳)は、老後が不安になってきたこともあり、マッチングアプリで婚活を始めた。
元夫が黙って多額の借金をしていたことが原因で離婚したいきさつもあり、マッチングした相手の年収や職業、金銭感覚には敏感だった。何人かの男性と会ってみたが、プロフィルと違ってギャンブル好きだったり、なかなか合う男性と巡りあえず、婚活に消極的になっていた。
そんなある日、条件もピッタリで美術館巡りが趣味だという銀行員の男性・新一(43歳)とマッチングし、2人で会うことになったが……。
●前編:「この先1人じゃ老後が不安…」バツイチ独身アラフォー女性が、マチアプ婚活で直面した「仰天の事実」
初対面の2人
新一との初めてのデートの日、梨沙子は新調したワンピースを下ろして、待ち合わせ場所に向かった。1本早い電車に乗ったのに、待ち合わせ場所にはすでに自分を待つ新一の姿があった。
高級ブランドに身を包んでいるわけではなく、むしろシンプルな装いだったが、そのアイテムひとつひとつにセンスが感じられた。
「あの、新一さん……ですよね? お待たせしてすみません、梨沙子です。ずいぶん早かったんですね」
梨沙子が緊張しながら話しかけると、新一はスマートフォンから顔を上げて破顔した。
「初めまして、新一です。待ち合わせ時間の10分前……お互いにせっかちですね」
「たしかにそうですね」
「僕は、今日が楽しみだったので、早く来てしまったんですよ」
新一は軽快に笑った。口元にできる深いえくぼがかわいらしく、梨沙子は写真の印象とはまた違った愛らしさを新一に感じた。
思いのほか表情豊かな新一のおかげか、それとも2人の波長がぴったりとあっているおかげなのか、彼が予約していたレストランへの道すがらで、すでに初対面特有の緊張感は自然と薄れていた。
新一にエスコートされて入った店はしゃれたイタリアンだったが、高級すぎず、程よく落ち着いた雰囲気が漂っていた。事前にメッセージで「気取らないところがいい」と伝えた梨沙子の言葉をきちんと受け止めてくれていたことが分かり、その心遣いにホッとした。
落ち着いた音楽の流れるレストランでは、何気ない会話が心地よく感じられ、梨沙子たちの間には終始、穏やかな雰囲気が流れていた。
料理が運ばれてくると、新一はワインについて詳しく話し始めた。
「ここのワイナリーで作られたものは、どれも飲み口が軽いのが特徴でね……」
彼はワインの選び方や、料理に合う組み合わせなどについての知識が豊富だった。しかし知識を披露して悦に浸るような嫌な感じはなく、梨沙子が知らないことであっても分かりやすく、時にユーモアも交えながら話してくれた。
それに、新一は話し上手なだけではなかった。梨沙子のたわいない話にもよくうなずいて耳を傾けた。仕事のことや趣味のこと、日常のちょっとした出来事まで、どんな話題でも興味を持って聞いてくれた。
特に梨沙子が美術品に興味を持っていることを話すと、新一は明らかに目を輝かせた。
「梨沙子さんは、どんなアートに興味があるの?」
「私は書道とか、日本の伝統工芸とかの作品を見るのが好きなの。全く詳しくはないんだけど……」
いつの間にか2人のあいだに敬語はなくなっていた。
「それじゃあ、ここの美術館とか行ったことありますか? 常設展示に、日本の戦前の工芸品なんかが展示してあるんですよ」
「行ったことあります。すごくすてきですよね。この今やってる西洋画展も面白そう。ゴッホとかって、日本の浮世絵から影響を受けてるんですよね」
「お詳しいじゃないですか。僕はどちらかといえば、写実的な絵画が好きなんですが、アムステルダムでゴッホ・ミュージアムに行ったときは、すごく感動しました」
「え、それはすてきですね」
「そうでしょう。オランダまでとは行きませんが、良かったら今度の週末、ここの展示、一緒に見に行きませんか?」
断る理由はどこにもなかった。
これまで何度か男性とのデートを繰り返してきたが、こんなに心地よく感じたのは久しぶりだった。
また会いたい、もっと彼のことを知りたい。
そんな気持ちを抱えながら、梨沙子は心地のいい酔いを抱えたまま、家路についた。