佳織は、ママ友たちが集うお茶会に出席していた。アンティークのティーセットに、ハイブランドの食器とそろいのカトラリー。3段のケーキスタンドに並ぶのは、写真映えを意識した色とりどりの軽食やスイーツ。半円状のソファの中心に座る英里菜は、最新のファッションやアクセサリーの話題でママ友たちの注目を集めていた。

「英里菜さん、そのブレスレット、すてき」

「あら、気づいた? 来年発表予定の新作なのよ。ほら、うちってエグゼクティブロイヤルメンバーでしょ。だから特別にパーティーに招待されて、そこでね」

英里菜はそう言いながら、手首に輝くゴールドのブレスレットを見せびらかすように腕を伸ばした。

「わあ、とってもステキ!」

「英里菜さんって、いつもセンスがいいですよね。うらやましい」

取り巻きのママ友たちが口々に英里菜を持ち上げると、彼女はますます自信に満ちた笑顔を浮かべる。佳織はそんなやり取りを聞きながら、いつも黙ってほほ笑むことしかできない。

専業主婦の佳織は、首都圏にある高層タワーマンションで、夫と8歳の息子・佑と一緒に暮らしている。長年の夢がかなった憧れの毎日が待っていると思っていたのに、佳織は今、窮屈さを感じている。

その原因は他でもない、このお茶会だ。お茶会は毎週火曜日に、最上階の英里菜宅で開催される。会費は、なんと毎回1万円。ブランドやステータスに興味のない佳織は、その空間にいることが苦痛でしかなかったが、タワマンという狭いコミュニティー内での立場を考えると、嫌でも参加せざるを得ない。

英里菜はこのマンションの実質的な「ボス」のような存在。彼女に気に入られなければ、マンション内での居場所は失われる。過去に英里菜と衝突して、子供ともどもコミュニティーからはじかれ、引っ越しを余儀なくされたママ友がいたことも、佳織はよく知っていた。

「ねえ、佳織さん。そのワンピース、ほんとにお気に入りなのね?」

会話が一段落したとき、ふと英里菜の目が佳織に向いた。英里菜は、何度も同じ服を着ている佳織を皮肉たっぷりにからかったのだ。

佳織が着ているのは、シンプルなベージュのワンピース。やや華やかさには欠けるが、上品なシルエットが気に入っていたため、過去のお茶会でも何度か着てきていたことがあったかもしれない。

ママ友たちの視線が一斉に佳織に集中し、誰もがどう反応するかを見守っていた。佳織の心臓は激しく鼓動し、顔が熱くなるのを感じた。

「えぇ、そうなんです。ついこればっかり着ちゃって......」

佳織は、作り笑いを浮かべて答えたが、英里菜はその様子には全く関心を示さずに会話を続けた。

「そうなの。でも地味だし貧乏くさいと思わない? そうだ、良かったらこの前旦那がパリで買ってきたワンピースがあるの。でも柄が気に入らなくてね。あげるわ」

英里菜はそう言って立ち上がり、しばらくすると本当にワンピースを持って戻ってきた。着替えるように言われ、佳織は半ば強引に脱衣所へと向かわされる。佳織は断り切れず着てみるが、身長170cmの英里菜に対し、佳織は153cm。当然似合うはずがなかった。

「あら、ちょっと丈が長いみたい。私が着たときはひざ丈だったんだけど」

英里菜はけらけらと楽しそうに笑い、銀座の高級店のマカロンを1つ頰張る。他のママたちの何人かもそれに同調して笑い、佳織と同じようにコミュニティー内で低く扱われているママたちは苦笑いを浮かべる。今日は自分が標的ではないことに安堵しながらも、おびえている表情だった。

佳織は唇をかんだ。英里菜に恥をかかされたことが腹立たしいのに、ここで強がることもできない自分に、さらに自己嫌悪が募った。