三菱UFJモルガン・スタンレー証券 代表取締役 副社長執行役員 浜田 直之氏

 

「生涯でBest-year(最も充実した1年)はいつですか?と聞かれたら、選ぶのはなかなか難しい。だけど、Best-3yearsは?と聞かれれば、迷うことなく答えることができます。それは、改革を進めてきたこの3年です」。そう話すのは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券(以下、MUMSS)の代表取締役で副社長執行役員を務める浜田直之氏だ。

 

富裕層の投資行動変化が課題 そこにビジネスチャンスもある

浜田氏と言えば、旧山一證券でキャリアをスタートさせ、その後は国内外の運用会社で要職を務めるなど資産運用業界では広く知られる存在だが、2020年4月にMUMSSに転身。以降、さまざまな改革を推し進め、特に富裕層向けの戦略で注目を浴びてきたが、冒頭の言葉はその改革が前進していることの表れでもあるのだろう。「もちろん、まだまだ道半ばではありますが、社員全員が改革を真正面から受け止めてくれ、私が考えていた以上のスピード感で進んでいるという手応えはあり
ます」(浜田氏)。

それでは、その改革にはどんな狙いがあったのか。新NISAの始動もあり、ここ数年で「貯蓄から投資へ」「貯蓄から資産形成へ」の流れが急速に進んだのは間違いない。一方で、日本の個人金融資産の内訳を見てみると、株式や投資信託の比率が増えてはいるが、欧米と比較すると引き続き現金・預金の比率が高いのも事実だ。

この点に関して浜田氏は、次のように分析する。「ネット証券の口座開設数、NISA口座の活用状況から見ても、一般層を中心に大きな潮流が生まれているのは間違いありません。一方で、課題は富裕層の動向です。米国では上位10%の富裕層が金融資産の約8割を保有していると言われ、その層の現金・預金の保有比率が低いため、全体を引っ張っている面があります。同様に日本でも、富裕層の投資行動が変容しなければ、目に見える形で変わらないのではないでしょうか」

この富裕層が動いていない原因の1つに、「海外と比較すると富裕層向けの金融サービスが行き届いていない」ことを浜田氏はあげる。日本には世界第2位の富裕層のマーケットがあり、欧米と比較して資産に不動産が占める割合が高いという特徴もある。つまり、その特徴に応じたサービスが提供できれば、大きな胎動が始まり、そこに大きなビジネスチャンスがあるわけだ。

 

セグメンテーションに応じたソリューション提供を

そこで浜田氏が手掛けたのが、中核となる「ウェルス&ミドルマーケット本部」の新設だ。「三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の総合力とモルガン・スタンレーのノウハウを掛け合わせれば、ワールドクラスのサービスを提供できるはず。本格的なウェルスマネジメント・ハウスを目指すには、組織から変えていく必要があったのです。私は営業を、『お客さまの課題を解決してその対価をいただくこと』だと定義付けていますが、まず個人の評価から収益目標を撤廃しました。お客さまのプロファイリングを徹底し、見えてきた希望や課題にソリューションを提供することに専念するためです。それは従来の営業の概念とは異なるため、組織からあえて『営業』という言葉を外しました」

併せて、顧客セグメントに応じた戦略も再定義し、対面でのメイン顧客は富裕層と法人であると明確にした。個人に関しては金融資産1億円以上、総資産3億円以上を目安にした富裕層をアドバイザーが担当し、それ以外は原則としてリモートで対応するという思い切った体制に切り替えた。

もっとも、それまで対面で対応していた顧客がリモート中心に変更となるケースもあるわけだから、ともすると顧客の満足度は下がりかねない。しかし、同社ではデジタル技術をフルに活用することで、むしろアフルエント層(準富裕層)の活性化を進展させている。この層はリモートFAが電話やWeb会議システムなどで対応する他、「フィンシェルジュ」と呼ばれるバーチャル担当者が顧客をサポートするサービスなども導入している。

MUMSSは世界的に著名な米国の市場調査会社J.D.パワーによる顧客満足度調査の対面証券部門で、3年連続の1位になった。また、拠点の従業員満足度はヒストリカルハイとなり、まさに改革の成果が顧客の意識にも従業員の意識にも表れていると言っていいのだろう。

 

アドバイザーの役割の明確化と「三位一体改革」の推進

ここからは改革の内容について、もう少し詳しく見ていきたい。まず浜田氏はアドバイザーが目指すべき姿を、ステップ0から3の4段階で整理した(P10図参照)。

☑拡大画像

「ステップ0」がいわゆるプロダクト・ブローカー。次の「ステップ1」がインベストメント・マネジャーで、顧客のポートフォリオを管理し、ソリューションを提供できるアドバイザーを指す。

次の「ステップ2」がウェルス・マネジャーで、保険や不動産、相続、事業承継など金融領域の中の非運用サービスも提供できるアドバイザーのこと。最後の「ステップ3」がファミリー・ウェルス・マネジャーであり、この段階では、ファミリー・ガバナンスなど、非金融領域についてもアドバイスできなければならない。

このように目指すべき姿を提示したうえで、推し進めたのが「評価」「処遇」「店舗チャネル」という「三位一体の改革」だった。

第一の「評価改革」の第一歩として、従来の中心的な指標だった収益目標を廃止。とはいえ、それは決して簡単なことではなく、「私自身、全ての部支店を回ってタウンホールを実施してきましたが、当初よく出てきた質問が『私たちのボーナスは収益から出ているのに、その目標をなくしてしまって大丈夫なのか』というものでした」と浜田氏。「その質問に対しては、『私も収益はとても大事なものだと思っている。だから収益目標を廃止したんだ』と答えるようにしていました」

収益目標があると、どの顧客にどの商品をいつまでに販売するのかといったように、収益から「逆算」して考えるようになってしまう。「逆算」という言葉がある以上、クライアント・ファーストではない。結局は顧客の期待に応えられず、信頼も獲得できないため、安定的な収益にはつながらない。つまり収益が大事だからこそ、収益目標を廃止するという考え方になる。あくまで収益は、結果として後からついてくるというわけだ。

もっとも、それは経営という面から見ると、難しいかじ取りであるのも確か。浜田氏も、「個人の目標の総和が組織の目標になるわけで、個人の目標がないということは、左辺がない右辺だけの方程式を解けと言っているようなもの」だという。「それでも部店長には、収支の管理をお願いしています」

では、具体的にどう管理するのか。参考になる例として、浜田氏はレストランの経営をあげる。レストランの料理人はそこに座っている顧客からいくらの収益をあげるかなどは頭になく、最高の料理を提供し、喜んでもらうことだけ考えているはず。それはホールで働いている人も同様だろう。一方でオーナーは従業員の給与を払う必要もあり、ビジネス拡大もしていかなければならない。

証券ビジネスも同様で、顧客への最適なソリューションが、レストランの料理やホールのサービスに当たる。「私たちは顧客のそうした望みや解決したい課題をウィッシュ、その道筋をパイプラインと呼んでいます。マネジメントの仕事はそのウィッシュのリストを作り、その実現に向けパイプラインの進捗を細かく管理することにあるのです」(浜田氏)。つまり、方程式の答えは、パイプラインの拡大と実現になるわけだ。