<前編のあらすじ>
夏子(40歳)は夫の徹(41歳)の実家へ向かっていた。実家は古くから続く名家で、年末年始は多くの親族が集まり夫の実家で過ごすことが習わしとなっているが、憂鬱で仕方なかった。子供を持たないと決めた夏子たち夫妻は、毎年義母や義兄妹たちからデリカシーのない質問を受けていたのだ。
●前編:「まだあなたは子供を産んでないようだね?」義実家で地獄の年末年始…義母の“嫁ハラ”から逃げる方法
消えた子供たち
元日は、豪華なおせちに全員で舌鼓を打つ。そしてダラダラと1日を過ごす予定になっていた。大人たちはお酒が進み、それぞれが話し込んでいる。
子供たちはすぐに退屈になったのか全員が庭に遊びに向かった。そのまま時が過ぎていき、夏子は徹と家に帰ってからのことを相談していた。
毎年2日に帰り、それから旅行に行くことになっていた。その行程について話をしていたのだ。
「あれ、子供たちは?」
きっかけは宮子の言葉だった。宮子が廊下をパタパタと歩きながらそう聞いてきた。
「庭で遊んでいるんだろ?」
義兄がそう答える。しかし宮子は首を横に振る。
「もう庭は見たわ。でも誰も居ないのよ」
宮子の顔には不安な感情が出ている。
「あの、莉奈ちゃんは?」
「ううん、莉奈もいないの」
莉奈は賢い子だ。勝手にどこかに行ってしまうような子ではない。
夏子は背中に薄ら寒いものを感じた。何か、事件に巻き込まれたのでは。
それから大人たちが総出で家の敷地内を捜索する。しかし子供たちの影も形も見つけられなかった。
そして客間に戻り、全員で話し合いをする。
「この場にいないとしたら、裏の山か? しかし裏の山に行ったんだとしたら、あそこは熊が出るぞ……!」
義叔父が独り言のように恐ろしいことをつぶやいた。そして重苦しい雰囲気が家中を包み込む。
そこで夏子が声を上げた。
「警察に相談しましょう。もう私たちの力だけではどうにもなりませんよ」
夏子の提案に宮子はぱっと顔を上げる。他の親族たちもそれに同調しそうな空気だった。
しかしハツはそれを許さなかった。
「ダメだ。それだけは絶対にダメだ」
「ど、どうしてですか?」
「こんな正月に、子供を見失ったなんてことで、警察を呼べるわけがないだろ。そんなことが知れ渡ったら私は良い恥さらしだ」
ハツの言葉に夏子は耳を疑った。こんなときにハツは世間体を気にしているのだ。
子供たちがいなくなったというこの非常事態に、だ。
そこから夏子は何度もハツを説得した。しかしハツは首を縦に振らない。
いつまでたっても話が先に進まないのだ。
このままでは日が落ちてしまう。
「分かりました。勝手にしてください」
夏子はあきれた口調で吐き捨てるように言った。
怒りの矛先はハツだけに向けているのではない。他の親族たちにもだ。なぜ間違っていると分かっているのに誰もハツに歯向かおうとしないのか。
そして夏子は1人で靴を履いて、裏の山に向かう。この辺りでないのであれば、もう山に行くしかない。
そう思って、夏子は山に向かって走った。
熊が出ると誰かが言っていた。しかし恐怖はなかった。それよりも子供たちへの心配の気持ちが強かった。