「AT1債」は普通の債券と何が違う?

そもそも「AT1債」とは何なのでしょうか。

これは、銀行が維持しなければならない自己資本比率規制を補完するために発行される債券です。通常、債券を発行して調達された資金は、あらかじめ決められた償還日の到来と共に、保有者に返さなければなりません。そのため「借入」と同様、他人資本であり、バランスシートでは負債勘定に計上されます。

ところがAT1債は債券の一種ではあるのですが、「永久劣後債」といって、償還日の定めがなく、かつ発行体が破綻した場合の弁済順位が、通常の債券よりも劣後するという特性を持っています。

弁済順位が低く、かつ償還日の定めがない。つまり償還させなくてもいいことから、AT1債の発行で調達した資金は、銀行の自己資本に計上できるのです。

ちなみにAT1債の弁済順位を示すと、

預金>通常の債券>AT1債>株式

となります。

これで言うと、本来銀行が破綻した場合、その損失を真っ先に吸収するのは株式を保有している投資家であり、その次にAT1債を保有している投資家という順位になります。

クレディスイスの「AT1債」が無価値になった2つの理由

ところがクレディスイスのAT1債には、それが無価値になる条件として次の2つのトリガーが設けられていました。

①株式など損失を吸収する資本が一定の水準を下回った場合
②スイスの金融当局が銀行が破綻する恐れがあるとみなした場合、もしくは政府支援を行った場合

この2つの条件のうちいずれか1つに抵触した場合、無価値になるというものだったのです。

そしてスイスの金融当局は、UBSがクレディスイスの資産を引き継ぐに際して、資産価値が下がって将来の損失が一定額を超えた場合、スイス政府が90億スイスフランの政府保証を行うと発表しました。

つまり②の条件に抵触したことから、AT1債が無価値になったわけですが、クレディスイスの株式については、その価値は大幅に減額されたものの、最終的にUBSの株式と交換されることになったため、なぜか株式を保有していた投資家が多少なりとも救われるという、歪な結果になってしまいました。

そのため、「AT1債よりも返済順位が劣後するはずの株式投資家が救済され、AT1債が無価値になるのはおかしい」という意見が噴出したのです。