使用者は振り込みコスト削減の効果に期待
使用者から見た、メリット・デメリットにも触れておこう。
現在多くの事業所では銀行口座へ賃金の支給が行われている。勤務している労働者の人数が多かったり、それぞれが振込先に指定する銀行口座の種類が多岐にわたったりすると、使用者が負担する振り込み手数料が高くなってしまう場合がある。
こうした銀行振り込みと比べて、キャッシュレス決済などアカウントへの送金は、手数料が低いケースが多い。使用者にとっては賃金を支払う際のコストを削減できるかもしれないのは、大きな利点といえる。
また、賃金のデジタル払いを認めることは、社会のニーズへの対応や多様な働き方を認める姿勢の提示にもつながる。結果的に、社員のエンゲージメントを高めたり、採用面でプラスに働いたりする可能性があるだろう。
一方のデメリットだが、労使による合意形成の手間や経理担当者のオペレーションコスト、新たな支払いシステムの整備費用といった負担の増加が考えられる。
また、賃金の一部をデジタル払い、残りを銀行口座への振り込みとする労働者がいた場合、単純に支払い業務が1工程増加することになる。経理部門などで、こうした支払い方法の多様化に対応したワークフローを作成する必要があるとみられる。
活用メリットは今後ますます拡大する可能性も
このようにメリットだけでなく、運用にあたっていくつかの課題も考えられる賃金のデジタル払い。とくに残高の上限100万円という制約の影響は大きいとみられ、賃金の支給方法として現在主流の銀行振り込みから急速に置き換わっていくとは考えにくいだろう。
活用が進みやすいといえるのが、前述した学生アルバイトや外国人労働者への賃金支払い。また、比較的少額の報酬を多くのギグワーカー(インターネットで単発の仕事を受託する労働者)に支払う企業などにも、導入の余地はあるといえる。
賃金のデジタル払いを可能にした今回の法改正は、国がキャッシュレス決済を重要な社会インフラとしてさらに活用推進していきたいという意欲を示している。今後国策として、メリットの拡充や制約の一部撤廃を行う可能性も十分に考えられる。
また、キャッシュレス決済の運営事業者にとっても、賃金のデジタル払いによって労働者の資金が自社サービスに流入しやすくなるのは大きなメリットだ。今後、賃金の振り込み先とするユーザーをさらに増やしていくため、各事業者は独自のインセンティブキャンペーンを打ち出していく可能性は高い。
労働者・使用者はともに、こうした国や決済事業者の動向を注視し、導入の妥当性やタイミングを見極めて行く必要があるだろう。