前回のコラム「ファンドモニタリングは、どの指標を参照すればいいか(2)」では、アクティブファンドのモニタリング指標の代表的な一つであるシャープレシオに注目し、モニタリングに使用する場合の注意点と効果的な活用についてお伝えしました。
今回は、アクティブファンドのモニタリングの2回目として、α(アルファ)値とβ(ベータ)値について、考えます。
ファンドのリターンの構成要素は、2つに分解できる
ファンドのリターンの構成要素は、銘柄選択や配分によって得られたリターンと市場全体によって得られたリターンに分けて考えることができます。銘柄選択や配分によって得られたリターンはα(アルファ)値、市場全体から得られるリターンは、β(ベータ)値と呼ばれています。
β値には、市場(ベンチマーク指数)に対する感応度という側面もあります。あるファンドのβ値が、1.2の場合、ベンチマークが1%上昇すればファンドは1.2%上昇することになり、逆にベンチマークが1%下落すれば、1.2%下落することになります。また、β値が0.8の場合は、ベンチマークが1%上昇してもファンドは、0.8%、1%下落してもファンドは0.8%の下落にとどまることになります。
α値とβ値でファンドの特性を確認する
銘柄選択や配分によって得られたリターンを表すα値は、アクティブファンドの運用力を測るのに適しているように感じる方も多いかもしれません。しかし、α値は、観測期間によって大きく上下する可能性があるためファンドの運用力を判断するには注意が必要です。
市場感応度であるβ値は、大きい方が良い、小さい方が良い、といったことは言えません。市場感応度は、ファンドの運用の良し悪しによるものではなく、ファンドコンセプトに起因するものだからです。
アクティブファンドのα値とβ値をモニタリングするのは、ファンドの運用の巧拙を判断するためではなく、ファンドの特性を確認するためです。
取扱いを始めた当初に想定したファンド特性と相違はないか… また、それまでのファンド特性から何らかの理由でファンド特性が変化していないか… などについて、モニタリングを通して確認していくことになります。
インデックスファンドのα値とβ値
インデックスファンドは、ベンチマーク指数と連動することを目指して運用していますので、理論上は、α値=0%、β値=1になります。しかし実際の運用では、トラッキングエラー*が発生しますので、わずかにズレが生じるのが一般的です。
*トラッキングエラーについては、『ファンドモニタリングは、どの指標を参照すればいいか(1)インデックスファンドはトラッキングエラーに注目』を参照
主なインデックスファンドのα値とβ値(過去5年:2025年9月末)
出所:NTTデータ・エービック Fund Monitor
アクティブファンドのα値とβ値
日本株アクティブファンドの純資産総額上位10ファンド*の、実際のファンドのα値とβ値を見てみましょう。
*純資産総額は2025年9月末 運用期間10年以上
2025年9月末 日本株アクティブファンド 純資産上位10ファンドのα値・β値
出所:NTTデータ・エービック Fund Monitor
α値、β値ともに、対ベンチマークとの関係を示しています。従って、ベンチマークが異なるファンド間の比較はできません。
また、観測期間によって大きく異なることにも注意が必要です。同じベンチマークのファンドで、過去10年のデータが類似した数値であっても、ファンドの特性も類似しているとは限りません。長期のデータの場合、期間内の数値の変遷が平均化されるため、ファンド特性が見え辛くなる可能性があります。
ファンドの特性を確認するには、長期の定点観測だけでなく、その間の推移を観測することが重要です。
α値、β値ともに投資環境によって変動
時系列で観測すると、α値、β値とも観測期間によって変動していることが確認できます。ファンドは運用コンセプトに基づいて同じ特性のポートフォリオを維持したとしても、ベンチマークの指数自体の特性が、投資環境によって変化するからです。
株式市場では、グロース vs バリュー、モメンタム、サイズ、クオリティなど、複数のファクターが存在し、それぞれが異なる局面で優位になることが知られています。例えば、グロース株が強い局面では、グロース型ファンドが優勢になり、バリュー株が強い局面では、バリューファンドが優勢になります。
下のチャートは、2015年からの国内株式・グロース型と国内株式・バリュー型の、α値およびβ値(ともに3年)の推移です。
・国内株式・グロース型、国内株式・バリュー型は、NTTデータ・エービックFund Monitor分類に基づく
・データは分類平均値
出所:NTTデータ・エービック Fund Monitor
注目したいのは、α値です。2021年半ばまでは、グロースファンドが、相対的に高いα値となっていますが、その後、急激に低下して、逆に上昇してきたバリューファンドが逆転しました。その状況は、最近まで続いています。これは、コロナ禍後の金利上昇に伴い、グロース株が調整局面入りしたことに加え、2023年3月の東京証券取引所によるPBR1倍割れ改善要請が影響したものと考えられます。
モニタリング対象のファンドのα値の推移をみて、「運用力が低下した」または、「ファンド特性が変化した」等の判断はできません。α値をモニタリングに使う場合は、ファンドのコンセプトと投資環境の変化を合わせて分析することが重要です。
時系列でα値やβ値を見ていくと、投資環境の影響を受けて大きく変動するファンド、環境の変化の影響をあまり受けないファンド、などの特性が確認できます。
時系列データ分析でファンド特性の変化をモニタリング
ファンド特性は、運用期間中に変化するファンドこともあります。モニタリングにおいては、一度確認したファンド特性が変化していないかを、注意深く観察することが重要です。
ひふみ投信とフィデリティ・日本成長株・ファンドのα値とβ値の推移を比較したのが下のグラフです。
フィデリティ・日本成長株・ファンドのベンチマークは、TOPIX(配当込み)です。ひふみ投信は、投信会社はベンチマークを設定していませんが、TOPIX(配当込み)をベンチマークとしてα値とβ値を算出しています。
出所:NTTデータ・エービック Fund Monitor
フィデリティ・日本成長株・ファンドのα値とβ値は、期間を通してグロースファンドの平均値と類似しています。
2018年後半まで、ひふみ投信のα値は、概ね10%を超える水準で推移、β値はグロースファンドの平均値より大幅に低い水準で推移していましたが、その後、2019年にα値が低下、β値が上昇し、グロースファンドに近い水準で推移しています。
このことから2019年後半を境に、ひふみ投信の特性の変化が見て取れますが、この時期に、ひふみ投信の運用方針や運用体制等の変更は確認できません。ファンド特性が変化した要因として、考えられるのは、運用資産の急増です。
2018年には、同じマザー・ファンドに投資するひふみプラスの資金流入が加速し、運用残高が急増しました。運用資産の増加に伴い、比較的時価総額の小さい銘柄への投資から、流動性の高い時価総額が比較的大きな銘柄へとポートフォリオの構成が変化したため、ファンド特性が、平均的なグロースファンドの特性に近づいたものと推測されます。
ファンド特性に変化が見られたら
ファンド特性の変化は、頻繁に生じるものではないと思われますが、モニタリングによって、ファンド特性に変化が生じている可能性を確認した場合は、①投信会社への問い合わせ・確認、②変化後のファンド特性の社内周知、③該当ファンド保有者への再説明、④ファンド提案の内容見直し、などの対応が考えられます。
また、変化内容によっては、取扱い自体を再検討する必要があるかもしれません。
α値とβ値だけでなく他の定量データと合わせて分析
α値とβ値は、ファンドのリターンと市場(ベンチマーク指数)のリターンを加味して算出します。その為、通常のリスク・リターンの数値とは、異なる観点からファンド特性を確認するかとができます。
但し、α値とβ値だけで、ファンド特性の全てが分かるわけではありません。あくまで、定量分析のためのデータの一つとして、他の定量データと合わせて分析することが重要です。
【ご参考】 α値とβ値の算出方法
1.ベンチマークの選定
アクティブファンドでは、投信会社がベンチマークを選定しているファンドは限定的であり、ベンチマークを選定していないファンドの方が多数を占めます。その為、ベンチマークを選定していないファンドについては評価用ベンチマークを選定する必要があります。
2. α値の算出
3. β値の算出

