本稿は、三井住友銀行のプライベートバンキングビジネス(以下、「PBビジネス」)について、同行プライベートバンキング本部の高橋克周本部長へのインタビュー(2023年12月25日実施)を踏まえ、第三者である筆者が、これまでの取組みや現状をまとめたものである。(1)では、同行のPBビジネスの歴史を振り返った。(2)では、同行のPBビジネスの現状と今後を展望する。
SMBCグループ各社のPB組織の現状
SMBCグループのプライベートバンキングの組織は、銀・信・証にそれぞれ存在しているが、グループ一体で最適なソリューションを提供することで、大口富裕層ビジネスのシェア拡大を目指している。
三井住友銀行には、ホールセール部門にプライベートバンキング本部、リテール部門にプライベートウェルス営業部が設置されており、プライベートバンキング本部傘下のプライベートバンキング営業部に所属するバンカーの人数は約30人、プライベートウェルス営業部に所属するバンカーは約60人である。SMBC日興証券に所属するバンカーの人数は約80人、SMBC信託銀行に所属するバンカーの人数は約40人であり、合計で200人超のプライベートバンカーの布陣だ。
中でも銀行のプライベートバンキング営業部の内訳を詳記すると、30代~60代まで幅広い年齢層で構成されているが、約半数が50代である。PBビジネスの経験年数別にみると、10年以上が3割、3~9年が4割、3年未満が3割となっており、若手からベテランまでバランスよく在籍していることがわかる。担当する顧客(ファミリー)数は500世帯~600世帯であり、プライベートバンカー1人当たりに換算すると、約20世帯(ファミリー)ということになる。
また、同営業部のプライベートバンカーが関わった年間の収益は100億~200億円にのぼるという。1世帯(ファミリー)当たりに換算すると2,000万円~4,000万円ということになる。ただし、この収益には法人ビジネスにおける収益も含まれており、そのウエイトは個人ビジネスによる収益よりも大きいとのことである。
各エンティティの役割分担について高橋氏は、「銀行が総合窓口となり、お客様に資産運用のニーズがあれば、専門ビークルである証券、信託を紹介し、最適なご提案を行うというスタイルです。銀行内の役割分担については、乱暴な表現になりますし、実際には混在する部分が大きいのですが、プライベートバンキング営業部のお客様は、主に、銀行の取引顧客の中でも資産規模が最も大きいお客様、プライベートウェルス営業部のお客様はそれよりも資産規模の小さい富裕層のお客様が中心、という仕分けになります。」と述べている。
筆者は、PBビジネスを展開する主要な金融機関(メガバンク、大手証券会社、信託銀行、外資系PB)のトッププライベートバンカーに対する取材を過去に行ってきたが、競合のプライベートバンカーに比べて同行、特にプライベートバンキング営業部のトッププライベートバンカーは異動が少なく、顧客と長期の関係を築いている傾向があると感じていた。最近では、どの金融機関も基本的に、プライベートバンカーの異動はなくなりつつあるが、富裕層の顧客との長期的な関係を重視するという点で、同行の一貫した取り組みに学ぶ点は多いだろう。
プライベートバンカーに求められる構想力
メガバンクグループのPBビジネスは、商業銀行の法人ビジネス築いた法人オーナーの顧客基盤を使って、グループに内包する多様な商品・サービスをカスタマイズし、必要に応じてグループ外のサービスも提供することで、富裕層顧客に大きな付加価値を提供できるように見える(これを「メガバンクのPB基本戦略」と呼ぶ)。特に、SMBCグループには、独自にPBビジネスに取り組んできた証券会社と信託銀行が存在するため、メガバンクのPB基本戦略を遂行する絶好のポジションにいると思われる。
メガバンクのPB基本戦略は容易に実行できるのか?
そのためには、(1)でも述べた法人ビジネスとの連携、グループ内の連携が機能しなければならない。法人ビジネスとの連携に関して高橋氏は、「法人ビジネスとPBビジネスの連携においては、お客様が法人取引と個人取引を分けたいと考えることがある場合や、法人担当とプライベートバンカーでどのように主導権をもってやっていくかということを解決する必要があります。プライベートバンカーが優秀であればあるほど、親子間の確執や病気の話など、お客様の深い情報や悩みを知りうることになります。プライベートバンカーがどこまで法人担当と情報を連携すべきか、情報を遮断し過ぎることにも連携し過ぎることにも問題があり、その調節が難しいところです。」と述べている。また、グループ連携については、「プライベートバンカーは、最後は運用のスペシャリストに任せるとしても、そこまでの流れを作らないといけませんし、その後の取引についても責任を持つべきです。グループ各社にトスアップすればそれでおしまいというわけにはいきません。」と述べている。
メガバンクグループは、PBビジネスのポテンシャルが高いが故に、それを活かしきれていないという課題があるようだ。その点に関して三井住友銀行と他行を比較する材料はないが、抱えている課題は共通する。この課題を乗り越える鍵は、プライベートバンカー個人及び所属する組織の「構想力」である。他部門やグループ内の他社とコミュニケーションをとり、人間関係を築くことはもちろん大切だが、それだけでは、富裕層顧客の抱える複雑な問題に対処する態勢を柔軟に作れない。顧客の課題解決に向けた脚本や台本を書くのが銀行のプライベートバンカーの役割であり、その「脚本」や「台本」に反映された構想力が連携相手を動かす原動力となるだろう。
このような高い能力を持つプライベートバンカーを増やしていくためには、プライベートバンカーという仕事のキャリアパスが確立され、多くの学生がプライベートバンカーに憧れて入社してくるような状況を作っていく必要があるだろう。そのためにも、プライベートバンカーは「黒子」として隠れるだけでなく、ときにはその仕事の魅力や醍醐味を多くの人々に伝えてほしいと筆者は考えている。
オーナーファミリーの変化の胎動
今後のPBビジネスはどのように変わっていくのか。
その論点は多岐に渡るが、高橋氏は顧客である富裕層、特に、オーナーファミリーに起きつつある変化に注目している。「まだまだ少数ですが、日本のファミリーオフィスの中には、自社株を売却し祖業の経営と距離を置くところも出てきています。欧米では比較的多い、このような流れにすべての日本のファミリーオフィスが一気に転換するとは思いませんが、そのような変化は今後でてくるのではないかと感じています。事業から距離を置いたファミリーオフィスは現金化された資産を軽やかに移動できますので、最大の関心は地政学リスクです。軽やかに動かせる資産を世界中のどこにベットしたらよいかを大いに悩みます。したがって、日本の金融機関としても、現在よりもさらに深いグローバルなアセットマネジメントの知見を持つ必要が出てくると思います。
また、事業から距離を置いた富裕層のファミリーがグッドファミリーとして名前を残していくことをお手伝いするという役割が増していくと思います。実際に、非金融サービスの中では、アートやワインに加えて、フィランソロピーに対する取組みが増えていくと感じています。公益法人の設立にしても、節税目的というより、どういう形で社会貢献できるかということにお客様の関心が移っているように思います。富裕層のお客様がフィランソロピーに関心を持つようになってきている中で、金融機関がそれをアクセラレートする役割になれたらと思います。」
日本のオーナー経営者の多くが、「リタイアせずに一生現役でいたい」あるいは「リタイアしたいが、跡継ぎにはまだ任せられない(本音はリタイアしたくない)」と言うが、その岩盤が崩れつつあるのかもしれない。若い起業家に聞けば、「自分の子どもに事業を継がせることなんて考えられない。事業の変化スピードが早いし、子どもには子どもの人生がある。」と言う。事業から距離を置く富裕層が増えてくると、銀行内でのPBビジネスの位置づけも、法人部門からより独立したものに変わっていくだろう。PBビジネスの価値は、会社を大きくしたいと考える企業オーナーに伴走することに加えて、富裕層ファミリーの多様な志を実現することのサポートになっていくだろう。最後に、高橋氏の個人的なPBビジネスに対する想いを紹介して本稿を締めたい。
「プライベートバンキングは、世の中の格差を広げるビジネスのように思われることが多いのかもしれませんが、私は世の中の幸せの分量を増やす才能や運を持っている人を支援することで、世の中の幸せの分量を増やすことにつなげるビジネスがプライベートバンキングだと考えています。それを実現するためには、ぶれない哲学のあるプライベートバンキングを作らなければなりません。志のあるファミリーをサポートすることに徹することができるのであれば、自分たちが誇りに思えるプライベートバンキングを作っていけるのではないかと思っています。」(三井住友銀行プライベートバンキング本部・高橋克周本部長)