野上弘幸さん(仮名、40歳)は17歳からひきこもり、現在も就労は難しい状況にあります。
弘幸さんに兄弟姉妹はおらず、68歳になる母親と二人で暮らしています。現在の収入は、母親の老齢年金月11万円とパート収入月12万円で合計23万円。住まいは賃貸で家賃が8万円かかるので、その生活は決して楽なものではありません。
母親が働いているため生活は何とかなっていますが、母親ももう68歳。体力的にしんどくなり、いつまでもこのような働き方はできません。貯金は300万円程度なので、もし母親が完全に仕事を辞めてしまうと、早期に生活は破たんしてしまいます。
そこで母親は、体が動く間は完全に仕事を辞めるのではなく、徐々に働く時間を減らしていこうと考えました。そして、その穴埋めとして弘幸さんに障害年金を受給してもらい、それを生活費に充ててもらう計画を立てたのです。
とはいえ、弘幸さんが障害年金を受給できるかどうかは分かりません。そこで母親は社会保険労務士である筆者に相談をすることにしました。
心の支えだった祖母が急逝…17歳でひきこもり生活が始まる
面談では、まず母親から弘幸さんの状況を伺うことにしました。
弘幸さんが小学2年生の7歳の時に両親は離婚。弘幸さんは母親に引き取られました。母子二人の生活を支えるため、母親はフルタイムで働くことにしました。仕事で夜遅く帰ってくることもあったので、弘幸さんは祖母に面倒を見てもらうことも多くありました。
父親がいないことで弘幸さんは学校でいじめられてしまうこともあり、非常につらい思いをしてきたそうです。そのようなとき、心の支えになったのは祖母でした。祖母の存在があったからこそ、弘幸さんは何とか生きていくことができました。
しかし不幸は突然やってきます。弘幸さんが高校2年生の17歳の時、祖母が急死してしまったのです。
大きなショックを受けた弘幸さんは、自分も死を強く意識するようになってしまったそうです。勉強に手がつかなくなり、食欲も落ちていきました。得も言われぬ不安がつきまとい、それは特に夕方から夜にかけてひどくなってしまうのです。
夜もよく眠れないため朝起きることが難しくなり、高校に遅刻することも増え、学力もどんどん落ちていきました。そして高校2年生の夏休み明けに、とうとう高校に通えなくなってしまいました。
「学校に行かなきゃダメじゃない! いつまでも落ち込んでいないでもっとしっかりしなさい」
母親の叱咤激励もむなしく、弘幸さんはひきこもりのような生活に陥ってしまいました。頼れる親族がいない母親は仕事を辞めることもできず、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、その日その日を必死に生き抜くしかありませんでした。
仕事で母親がいない日中、家の中は弘幸さん一人だけ。弘幸さんは孤独と将来への不安から強いストレスを抱え続けていました。
そして弘幸さんが20歳を迎えた頃、さらなる異変が現れました。
