仕事の重圧で崩れ始めた日常
ノルマを達成しても認められることはなく、すぐさま次の目標が課された。反対に期待値に届かなければ厳しく責められる。業務量は膨らみ、帰宅後も頭の中は数字や締切でいっぱいだった。
それでも梨絵は弱音を吐かなかった。
自分ならできる。
これまでだって何度も困難を乗り越えてきた。そんなふうに自分を鼓舞し続けたが、身体は正直だった。
「あれ? もうこんな時間……?」
やがて布団に入っても会議で叱責された記憶が頭から離れず、朝まで眠れない日々が続いた。会社では同じメールを何度も読み返し、簡単な文章さえ理解するのに時間がかかった。当然ミスも増えた。
「ちょっと疲れてるだけ。ちゃんと寝れば大丈夫」
しかし、そんなある朝、とうとうベッドから起き上がれなくなった。
「会社行かなきゃ……」
頭ではそう思うのに、会社のことを考えるだけで息が詰まって動けない。ようやく重い身体を起こしても、まともに支度ができなかった。
結局、何日か会社を休んだあと、同僚の勧めで心療内科を受診し、今日、休職が決まったのだ。
「ただいま」
処方された薬を受け取って自宅に帰ると、時刻は午後2時。会社では、ちょうど定例会議が始まっているころだろう。
「暇だな……」
仕事をしていないと、異様なほど時間が経つのが遅く感じられる。
そのときふと、心療内科で言われたことを思い出した。療養中は、復職のことばかりに気を取られないこと。仕事とは関係のない気分転換や楽しみを見つけることも大切だという。
「気分転換って、何をすればいいんだろう」
やってみたいことが1つも思い浮かばない。梨絵はスマートフォンを手に取り、とりあえず検索欄に「30代 女性 趣味」と入力した。画面を見つめながら梨絵は初めて、自分が10年以上もの間、仕事以外ほとんど何もしてこなかったことに気づいた。
