<前編のあらすじ>
結婚3年目の美智佳は、夫・貴弘とともに義実家を訪れるたび、義父・尚之から交通費を包んでもらっていた。義母・芳美とは気さくに話せる良好な関係で、食事や土産まで用意してもらうことに感謝していたため、交通費まで受け取るのは申し訳ないと感じていた。
ある帰省で美智佳が交通費の受け取りを断ると、芳美は「じゃあ私がもらうわね」と自分のポケットへ入れた。その後、尚之には「ちゃんと渡したわよ」と平然と答え、美智佳には黙るよう視線で圧力をかける。
次の帰省にも同じことが繰り返され、美智佳は義父をだましているような罪悪感を抱く。夫に話せば穏やかな家族関係を壊すかもしれないと考え、美智佳は真実を言い出せずにいた。
●前編【「じゃあ私がもらうわね」義父の善意を懐へ入れる義母…沈黙を強いられた嫁を蝕む“共犯の罪悪感”】
義母の嘘に耐える嫁
1月3日の午後、清水家の食卓には、芳美が用意した料理がまだいくつも残っていた。煮しめ、紅白なます、焼き魚。美智佳の好きな栗きんとんも、取り分けやすいよう小鉢に盛られている。
「これ、少し持って帰りなさい。美智佳ちゃん、油断すると貴弘が全部食べちゃうから気をつけてね。この子ったら、小学生のころ親戚の家でおせちを……」
「母さん、それ毎回言わなくてもいいって。いつの話だよ」
「だって本当のことでしょう」
芳美が笑い、美智佳もつられて頬を緩めた。こうして食卓を囲んでいるかぎり、嫁姑の間に気まずさはない。尚之も湯呑みを置きながら、帰り道を心配してくれた。
「夕方はまた混むかもしれんな」
「大丈夫だよ。行きもそれほどじゃなかったし」
「美智佳さんもいるんだから、安全運転でな」
「わかってるって」
帰宅の時間になると、芳美は残った料理を容器に詰め、みかんまで袋へ入れてくれた。美智佳はそれを受け取りながら、このまま帰れたら何の不満もないのにと思った。貴弘が荷物を車へ運び始めると、芳美は白い封筒を取り出した。
「一応、今回もお父さんから預かってるけど、どうする?」
美智佳は封筒を見つめた。いっそ受け取ってしまえばいい。そうすれば芳美は嘘をつかずに済み、自分も帰り道で胸を痛めなくて済む。だが、問題を避けるためだけに、気が進まないお金を受け取るのも違う気がした。
「ありがとうございます。でも、今回もお気持ちだけで十分です」
「あら、そう」
芳美は慣れた手つきで封筒をポケットへしまった。玄関で靴を履いていると、見送りに出てきた尚之が芳美へ小声で尋ねた。
「渡してくれたか」
「もちろん」
芳美はすぐに答え、さらに笑いながら続けた。
「美智佳ちゃんったら、いつも断ろうとするのよ。遠慮しなくていいって言ってるのに」
美智佳は息を止めた。まるで自分が毎回遠慮しながら受け取っているかのような言い方だった。顔を上げると、芳美の視線とぶつかった。口元は笑っているのに、目だけは黙っていろと告げているような気がする。
「そうか。気にせず使ってくれればいいんだぞ」
満足そうにうなずいた尚之に、美智佳は曖昧に笑うしかなかった。芳美の嘘を否定しない自分もまた、尚之の善意を利用しているのだ。
「じゃあ、また来るよ」
貴弘に続いて玄関を出たものの、車の前で足が止まった。このまま帰れば、次もまた同じことが繰り返されるだろう。
「どうした?」
「ごめん。忘れ物したみたい。ちょっと戻ってくるね」
美智佳はそう告げ、義実家へ引き返した。心臓は早鐘を打っていたが、今度こそ黙って帰るわけにはいかない。
