夕方になっても気温が下がらず、キッチンには熱がこもっていた。沙枝子は火にかけた鍋の様子を見ながら、まな板の上の野菜を切っていた。冷房はつけているものの、動くたびにじんわりと汗ばむ。そのとき、ダイニングテーブルに置いたスマートフォンが鳴った。画面には、母・悦子の名前が表示されている。

「もしもし、お母さん?」

「沙枝子、今、大丈夫?」

「うん、大丈夫」

沙枝子は短く答えながら、鍋の中を木べらで混ぜる。悦子は、暑さは大丈夫か、和毅は元気にしているかと、いつものように近況を尋ねた。だが、そのあと少し間を置いて口を開いた。

「あのね。今年は、お中元送らなくていいのか確認したくて」

「お中元? 何の話?」

思わず手が止まった。

「ほら、吾妻さんのところに」

「え、お母さん、和毅の実家にお中元送ってくれてたの?」

「まあね。毎年あちらから届くから、同じくらいのものを選んでお返ししてたのよ。お中元と、お歳暮と」

沙枝子は鍋の火を止め、スマートフォンを持ってリビングのソファへ移った。そんな贈答品のやり取りをしていたなんて聞いた覚えがない。

「全然知らなかった。いつから?」

「あなたたちが結婚した年からよ」

「この3年間ずっと? どうして言ってくれなかったの」

「わざわざ言うようなことでもないかと思って。吾妻さんも、ずっとうちに直接送ってくれてたし」

「まあ、そうだね」

沙枝子はうなずいたものの、自分たちを介さず両家の間だけで続いていた習慣に、若干戸惑いを覚える。

「それでね、今年はまだ何も届いていないの。だから、もうやめることにしたのかしらと思って」

悦子の声に、特に不満そうな響きはなかった。本当にただ、予定を確認したいだけなのだろう。

「お母さんはどうしたいの? 続けたい?」

「もちろん届いたら、今までどおりきちんとお返しするわよ。でも、遠くに住んでいて、普段ほとんどお付き合いもないでしょう。だから、お互いに負担になるなら無理に続ける必要はないと思っているの」

贈答の習慣そのものを嫌がっているわけではないらしい。悦子が気にしているのは、自分が勝手にやめたと思われることだった。

「だからね、今後は送らなくていいということでいいのか、一応、確認しておきたくて」

「分かった。和毅にも聞いてみる。確認したら、また連絡するね」

「急がなくていいからね。忙しい時間帯にごめんなさい」

電話が切れると、部屋には換気扇の音だけが残った。沙枝子は立ち上がってキッチンへ戻り、鍋の火をつけ直した。