オレンジ色の西日が、小上がりの和室に差し込んでいる。玲美は、畳に膝をつきながら、娘の萌絵に浴衣を着せていた。
「ほら、まっすぐ立って」
「立ってるよ」
そう言いながらも、萌絵はそわそわと落ち着かない様子で袖を持ち上げたり、腹の帯をのぞき込んだりしている。小学3年生に上がってから、急に髪型や服の組み合わせを気にするようになった。
「苦しくない?」
玲美が帯の結び目を軽く押さえると、萌絵は両手を広げて体を揺らした。
「うん、平気。もう動いてもいい?」
「いいよ」
その一言で、萌絵の顔がぱっと明るくなった。すぐに姿見の前へ駆けていき、鏡に映る自分を真剣な表情で眺めている。前髪を指で整える仕草が、ほんの少し大人びて見える。
「本当に送らなくて大丈夫?」
「大丈夫だって。梨沙も茉奈ちゃんも、みんな1人で来るって言ってたし」
今日は近所の神社で毎年開かれる七夕まつりの日。萌絵は、初めて友達と一緒に参加することになっていた。会場までは歩いて10分ほどで、何度も行ったことのある場所だ。
初めて子どもだけで繰り出す夜祭り
玲美は棚の引き出しを開け、小さな布袋を取り出した。中には、高校入学の祝いに母から譲られたかんざしが入っている。薄桃色の飾り玉と小さな花の細工がついたそれは、玲美にとって大切な思い出の品だった。
「萌絵、ちょっとおいで」
「なあに?」
振り返った萌絵は、玲美の手元を見るなり目を丸くした。
「それ、おばあちゃんの?」
「そう、昔ママがおばあちゃんにもらったかんざし。今日だけ貸してあげる。走り回って落とさないように気をつけること」
「うん。絶対、気をつける」
玲美はシニヨン風にまとめた萌絵の髪に、そっとかんざしを挿した。白地の涼やかな浴衣に、薄桃色の飾りがよく合っている。スマホで後ろ姿を撮ってやると、萌絵は画面をのぞき込んで息をのみ、それから頬をゆるませた。
「すごい。なんか、お姉さんみたい」
「お姉さんなら、約束もちゃんと守れるよね」
「守れるよ」
慌てて背筋を伸ばした萌絵。玲美は思わず笑いそうになりながら、小銭で用意していたお小遣いを出し、萌絵の財布に入れてやった。
「お金はよく考えて使うこと。友達と離れないこと。知らない人についていかないこと。それから、8時には帰ってくること」
「分かってる。萌絵、もう3年生だもん」
「約束だからね」
「うん。ちゃんと8時までに帰る」
何度も念押ししているうちに、友達が迎えに来た。萌絵は巾着を抱えて玄関へ向かい、下駄を履くと、少し歩きにくそうに1歩踏み出した。
「気をつけてね」
「行ってきます」
萌絵は振り返って大きく手を振り、友達の方へ駆けていった。かんざしの飾りが陽の光を受けて、小さく揺れている。玲美は玄関先に立ったまま、その後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで見送った。
