「タワマンから出ていけ!」

エレベーターが7Fに到着した途端、圭介は飛び出した。ドアが開くまでの時間さえもどかしく感じた。

自分の部屋までの30メートルほどの距離をダッシュで駆け抜ける。

と、予感していた通りの光景がそこに広がっていた。

「なんだ、これ……」

圭介の部屋のドアに、A3くらいの大き目の紙が貼り付けてあった。

そこに太いマジックで次の文言が書きなぐってあった。

「マスクをしないバイキンマンはタワマンから出ていけ!」

――ひどい……。立派な嫌がらせじゃないか……。

圭介はしばらく呆然と立ち尽くすほかなかった。

「俺も反省したんだよ」

「あれ、マスクなんかして、風邪ですか?」

古村翔太が言った。

「いや、まあ、風邪ってほどじゃないんだけど、ちょっと咳が出るからさ、念のため……」桂木圭介が言った。

「そういえば、例の件どうなったんですか? 嫌がらせを受けてるって言ってたじゃないですか」

「ひどい目にあったよ。俺が管理組合に報告したことがバレて、逆恨みされたんだよ。仕返しに玄関に貼り紙までされた」

圭介は『バイキンマン』と書かれた貼り紙を思い出しながら言った。

「それはひどいですね」

「けど、いろいろ聞いてみると、向こうにも事情があったみたいなんだよ。マスク男の人、どうも指定難病を患っているそうで、免疫力が下がっていて気を付けてるんだってさ」

「そうなんですか。指定難病かあ」

「俺も反省したんだよ。本当に困っている人に失礼だったなと思って。それからはなるべくマスクを持ち歩くようにしたんだ。本人からもちゃんと謝罪してもらったし」

「へえ、なんか良かったですね」

「せっかくのタワマンだし、ご近所さんともなるべく仲良くして、楽しく過ごしたいからさ」

圭介がそう言って笑うと、はずみで咳き込んでしまった。

「先輩、今日は早退したほうがいいですよ」

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。