売れない遺産の深刻さ

貧乏くじを引かされたと思い込み、怒りの矛先を美沙に向けた。だが、たった今、その主張の正当性は失われた。

その気まずさを認める代わりに、康介は黙って苦いコーヒーを流し込んだ。ややあって美沙は広げた書類を重ね直し、納税通知書の横へ置いた。

「売れば済むと思ってるんでしょうけど、そう簡単じゃないの」

「なんでだよ。値段なんか安くていい。誰かに引き取ってもらえばいいだろ」

「私もそう思って、不動産会社には相談したわ」

康介は顔を上げた。美沙は鞄から別の資料を取り出し、物件の写真と簡易査定の内容が載った紙を見せた。

「でも、駅から遠いうえに、建物もあの状態でしょう。売りに出しても買い手がつく可能性は低いと言われたの。解体費用を考えれば、無償でも引き取りたがる人はいないだろうって」

「じゃあ、壊せばいいじゃないか」

「解体業者にも、建物の資料や写真を見せて概算を出してもらった。安くても数百万円。正式な見積もりには現地調査が必要だけど、残っている家具や荷物の処分まで含めれば、もっとかかる可能性があるわ」

美沙は資料の金額を指で示した。康介は桁を追い、思わず口を閉じた。

「古い建物だから、アスベストが使われていたら追加費用も必要になる。それに、更地にすれば土地の税金が今より上がる可能性もあるの」

「そんなの、どうしろっていうんだよ」

「だから、すぐに答えが出せる問題じゃないって説明したでしょう。本当に何も聞いてなかったのね」

感情を抑えた口調だったが、それがかえって康介には堪えた。美沙は相続の手続きを請け負ってくれただけでなく、その後も不動産会社や解体業者に連絡していたのだ。何も知らずにいたのは自分だけだった。

康介は中身の減ったコーヒーカップへ視線を落とした。

「今回は、私が出すよ」

美沙の言葉に、康介は思わず顔を上げた。

「は?」

「一度に払うのは大変でしょう。私の口座から康介に振り込む。納税義務者は康介だから、支払いはそっちでして」

にわかに胸が軽くなった。50万円を工面しなくて済む。その安堵は、隠しようもなく大きかった。

だが、余裕が漂う美沙の表情を見た途端、別の感情が込み上げた。工場勤務の康介には払えないだろうと、見くびられているように感じた。

「いや……いい」

「無理しなくていいのよ」

その一言で、康介の意地に火がついた。

「無理なんかしてない。半分は俺が払う」

言い切った直後、しまったと思った。だが、今さら撤回すれば、ますます惨めになる。

美沙はしばらく康介を見たあと、小さく息をついた。

「分かった。じゃあ、25万円ずつにしましょう」

「うん、それで頼む」

康介は強がって頷いた。

「今後のことは、別の不動産会社や専門家にも相談してみる。今度は康介も一緒に話を聞いて」

返事をする代わりに、康介は冷めたコーヒーを口にした。苦みが妙に強く感じられた。