「これ、スーパーのケーキですよね?」

「これ、何でしょう……」

舞衣の目は、自分の前に置かれたケーキ皿に注がれている。

「ああ、ショートケーキですよ。召し上がってください」

「でも、これ、スーパーのケーキですよね?」

その一言で一仁は急に不安になった。

確かにそのケーキは近所のスーパーで購入したものだった。一仁はあまり甘いものを食べない。そのせいもあって、お客がくるのにお茶うけを用意しておくのを忘れていて、慌てて買ってきたものだった。

「ええ……。ま、スーパーといっても、いちおう高級スーパーなんですけど……」

一仁はチェーン展開している高級スーパーの名前を口にしたが、香山舞衣の機嫌は直るどころか、ますます悪化していくのだった。

「いやでも、さすがにあり得なくないですか?こっちは高級ワインを持ってきてるのに……」

香山舞衣は大げさにため息をつき、ネイルをした爪の先でダイニングテーブルをコツコツ叩いている。今にも怒鳴り散らすのではないかと、一仁は冷や冷やしていた。

「せめてデパ地下のケーキくらい用意しておいてくださいよ。それとも、低層階の人はスーパーのケーキがご馳走なんですか?」

「まあまあ……」

ようやく香山蒼汰が割って入り、妻をなだめようとしたが、その言い方や態度が逆に舞衣をイライラさせてしまう。

「よく我慢できるわね。馬鹿にされてるのはわたしたちのほうよ?」

一仁はいたたまれない気持ちだった。たかがケーキ一つで、ここまで怒るとは予想していなかった。香山舞衣の振る舞いに対して怒りも覚えたが、自分がケチな真似をしてしまったことが恥ずかしかった。

「すみません……。ワインはお返ししますから」

「いまさらいいですよ!」

プイっと音がしたかのような勢いで、香山舞衣は顔をそむけると、立ち上がった。

「わたし帰るね」

言うがはやいか玄関に向かって歩き出した舞衣を、香山蒼汰は慌てて追いかけていく。

「すみません、またご連絡しますので!」

そう言い残して香山夫妻はいなくなってしまった。

後には笹山一仁が傷心のていで残された。

●32歳の料理研究家の香山舞衣はなぜ激怒したのでしょうか。後編:【「あんな貧乏人と同じタワマンなんてがっかり」64歳低層階住人の悪口を言いふらしていた外資系コンサル夫婦の末路】にて詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。