鎮痛剤でしのぐ日々

夕食を終えると、大輔は立ち上がり、リビングを出て洗面所へ向かう。ランドリーバスケットから飛び出したと思われる靴下を踏みそうになり、かかとを浮かせて避けた。

「やっぱり虫歯、なのか……」

鏡の前で口を開けて覗き込むが、奥歯のあたりは影になって見えない。

気のせい、と言い張りたくなる。でも痛みは、こちらの都合を聞かない。

仕方なく歯ブラシを握ると、泡立つミントの匂いの中で、いつもの言い訳を繰り返した。

歯医者には、そのうち行こうと。

   ◇

翌朝、大輔はいつもより15分早く出社した。

席に着くと、タスク一覧を開き、今日中に終える項目を上から目でなぞる。締め切りだけは落とさない。新人のころから、そう決めている。

「豆田さん、昨日の修正、もうマージしていい?」

隣の同僚が、画面から目を離さずに聞いてくる。

「うん。テスト通した。ログも見た」

「はや。助かる」

エンジニア同士の短い会話。この距離感が大輔にとっては楽だ。

アイスコーヒーに手を伸ばしかけて、止める。

(冷たいのは、やめとこう)

給湯室でぬるめの白湯を入れ直し、机に戻る。飲み込んだ瞬間、奥歯がじわっと反応した。昨日より、痛みの輪郭がはっきりしている。

大輔は表情を変えないまま唇を閉じ、背筋を伸ばした。

 

会議が終わると引き出しを開けた。

予備の充電ケーブル、のど飴、痛み止め。仕事道具と一緒に鎮座している錠剤が、自分でも少し嫌だった。1粒、水で流し込む。痛みは完全に消えるわけではないが、多少角が丸くなる気がする。

昼休み、同僚が声をかけてきた。

「バーガー行かない? 新作出てるよ」

「今日はやめとく。ちょっと……歯が」

「え、虫歯?」

「たぶん。まあ大丈夫。たまにズキっとするだけだから」

「それ大丈夫じゃないやつね」

同僚は笑って、1人で行ってしまった。

大輔は社員食堂でうどんを選ぶ。噛まなくて済むものに手が伸びる自分が、情けない。

午後、集中が戻ったと思った瞬間に痛みが割り込み、カーソルが止まる。大輔は口を固く閉じたまま鼻で息をし、しかめ面で作業を続けた。痛みのせいでミスをしたくない。

それでもなんとか確認を終え、リーダーに報告を送った直後、肩の力が抜けた。と同時に、奥歯がまた主張を始める。大輔は机の端を指先で押さえた。

仕事は片付いたのに、口の中の案件だけはずっと未解決のままだ。