形から入る夫の驚きの出費
しかし理子が思っていたものとは違う方向にことは進んでいった。
その日、悟志から帰りが少し遅くなると連絡をもらっていたので理子はご飯を作った後、寝室の掃除や物置の整理などをして悟志の帰りを待っていた。
あらかたきれいになったときに玄関が開く音がした。悟志が帰ってきたのだと思って出迎えに行くとそこには大きな買い物袋を提げた悟志の姿があった。てっきり残業だと思っていた理子は目を丸くする。
「おかえり……って何それ?」
「ほら、ランニングを始めるって言ってただろ。そのウェアとかシューズとかを買ってきたんだよ」
それで遅くなったのかと理子は納得しながらも袋の大きさを指摘する。
「そんなたくさん買ったの? だってシューズとウェアだけでしょ?」
理子の指摘に悟志は嬉しそうに口角を上げた。
「俺なりに調べたんだけどランニングって言っても、奥が深いんだぜ」
リビングに向かっていった悟志はソファに座り、袋から出した購入品を並べて見せた。
「まず、これがウェアな。これは軽いけどちゃんと防寒、防風対策がされてるやつ」
まあシンプルなデザインで飽きがこなさそうだし、確かに暖かそうで動きやすそうな見た目だ。けれど、悟志は袋から3つのシューズを取り出した瞬間に、理子は声を荒げた。
「えっ⁉ 何で3足も買うの⁉ ランニング用の奴を1つだけでいいじゃん!」
理子の驚きに悟志は想定通りという勝ち誇った笑みを浮かべた。
「いやいやちゃんと種類があるんだよ。1つはジョグ用な。靴底のクッションがしっかりあって足への負担が少ないタイプだ。1つは軽量タイプでクッションは少ないスピード練習用ね。ペース走とかそういう練習で使う用のシューズ。そして最後がめちゃくちゃ軽くてカーボン入りの大会本番用の奴。やっぱこの3つは最低限そろえないとダメだって動画で言ってたんだ」
「……そんなの買って何の意味があるのよ? スピード練習用って、どうしてそんなことをする必要があるの? ただ趣味でランニングをするって話だったでしょ?」
理子に指摘されても悟志は笑顔で返してきた。
「俺は形から入るタイプなんだ。こうやって周りを固めるとやる気がどんどん上がっていくんだよ」
「だとしてもさすがにさ……。これっていくらくらいするの?」
悟志はレシートを見ながら答えた。
「靴3足で7万くらいはするな」
「はぁ⁉ 嘘でしょ⁉ そんなの高すぎる! 私が履いてるスニーカー、5000円だよ? 2つは今すぐ返してきてよ!」
「いやそんな言うなって。これは全部無駄なんかじゃないから!」
悟志は理子をなだめようとするが理子は当然納得できない。
「どこが!」
「俺はランニングのためにたばこもやめるって言っただろ。あれがどれだけの出費があると思ってる? 年間にしたら20万くらいになるんだぞ。だったらこの7万の出費くらい別に安いもんじゃん」
悟志の説明はほぼ屁理屈だが、理子は言葉に詰まる。確かにたばこをやめてくれたほうが節約金額が大きいのは間違いではなかったし、せっかくやる気になっているのに水を差すのもどうかと思ったからだ。
「……だとしても途中でやめたら意味ないからね。せめて元を取るくらいは禁煙もジョギングも続けてよ」
理子が釘を刺すと悟志は自信満々に頷く。
「ああ。なんか俺、めちゃくちゃハマりそうな気がしてるんだよね」
悟志の言葉に理子は半信半疑だったが、実際に悟志はどんどんランニングにハマっていった。それは理子の目から見ても異常なほどのハマりようだった。
●箱根駅伝に感動し、禁煙とランニングを始めた夫の悟志は、高額なシューズを3足も購入する。やる気は買ったが、果たして続くのか、理子の心配をよそに、悟志は予想以上にランニングにのめり込んでいく…… 後編【「もう何やってんの⁉」3時間帰らない夫がいた予想外の場所…妻が驚愕した“ランニングにハマり過ぎた夫”の末路】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
