<前編のあらすじ>
40代になる佳世はホテルの清掃、コンビニ、夜はスナックや工事現場で働く日々を送っていた。多いときで700万円もあった借金を返すためだった。
借金の原因は買い物依存症とでもいえる、佳世の浪費癖にあった。
多額の借金を作る前、佳世は結婚して子を持っていた。しかし、佳世は生まれたばかりの愛娘・花とうまく接することができなかった。
母乳を飲ませようと奮闘するも、うまく与えることができない。粉ミルクに頼ればよかったのだが、思い至らないほどに佳世は追いつめられてしまっていた。
そして、佳世は泣き叫ぶ花を見ていることができず、買い物に逃げたのだ。夫の大吾からもらう生活費だけでは、お金が足りない。ついに佳世はカード―ローンに手を出してしまう。家を空けることも多かった夫の大吾が惨状に気づいたころには花は栄養失調になり佳世の借金は700万円まで膨らんでしまっていた。
離婚され花の親権が大吾に渡ったのは当然の帰結だった。
そこから、佳世はまるで贖罪をするかのように借金返済のため身を粉にして働き続けた。そしてついに完済に至ったその日、佳世は夫と娘に過去の過ちについて謝罪しようと決意したのだが……。
前編:借金は700万まで膨れ上がり…育児に疲れた女性が泣き叫ぶ我が子をしり目に、すべてを失うまでのめりこんでしまったものとは
今更勘弁してくれ
分かり切っていたことだ。
毎年送られてくる花の写真の背景が義実家から知らない家に変わったことも。写真のなかで成長していく花が、夫や義母の乏しいセンスでは選ばないであろう可愛らしい洋服を着るようになっていたことも。
どれも示唆していたはずだ。だが佳世は写真に散りばめられた変化の意味を理解しないようにした。そうすることが苦しいだけの生活を支えるための方法だったからだ。
佳世は何もない部屋の隅で膝を抱えてうずくまる。もう6月だというのにひどく寒かった。
大吾にかけた電話はツーコールあとに繋がった。「どうしたの?」と言う怪訝そうな声は今も耳にこびりついている。
「急に電話なんてかけてごめんなさい」
佳世はおおむね事前に考えていた通りに、できるだけ手短に用件を伝えた。今日借金を全て返し終えたこと。そのうえで、花に会いたいと思っていること。2人に直接謝りたいと思っていること。
だが大吾の返答は苦いものだった。
「悪いけど、今更勘弁してくれよ。俺さ、もう5年も前に再婚して、家族3人楽しくやってるんだ。毎年写真送ってやってるだけで十分だろ。君は母親であることを投げ出したんだから」
佳世は道のまんなかで息ができなくなり、口をぱくぱくと動かした。もちろん大吾に何かを言い返すことはできなかった。
「それじゃ、仕事中だから」
大吾との電話は呆気なく切れた。きっと地獄から這い上がろうと掴んだ蜘蛛の糸が切れたときの心境というのは、こういうことを言うのだろう。佳世はよろめきながら道の端へと移動し、その場に力なく座り込んだ。通行人が訝しげに佳世のほうを見て通り過ぎていったが、しばらくは立ち上がれそうになかった。
なんとか家に帰り着いたものの、何もする気にはなれなかった。
とっくに日は暮れていたが、洗濯物は窓の外に干しっぱなしだし、明日も清掃の仕事だったがバッグから弁当箱を出すこともできない。18時に出勤予定だったスナックからはすでに3度電話がかかってきているが、もちろん応答する気力もない。
ようやく動けるようになったのは、日付が変わろうかというころだった。お店には謝罪の連絡を入れ、洗濯物を取り込んだ。とはいえ畳む気にはなれず、床に投げ出したままシャワーを浴びた。シャワーから出るとスマホにメッセージが届いていた。大吾からだった。
そこには見慣れない住所のあとに2行分の改行を挟み、〈今週末日曜の13時。会わせるのは無理だけど、敷地の外から見るだけなら〉と簡素なメッセージが添えられていた。
佳世はその場で泣き崩れた。スマホを両手で握りしめ、祈るように何度もありがとうと口にした。やがてにじんだ視界で、同じ言葉を1度だけ打ち込み、大吾に返信をした。
〈俺じゃなくて妻に感謝して〉
ぶっきらぼうな返事は冷たいが、同時に温かくもあった。