日本銀行の11年に及んだ異次元緩和。

「2%物価目標」のために、巨額の国債と日本株(ETF)を買い入れてきました。大きな影響を市場に及ぼした異次元緩和は成功だったのか、それとも失敗だったのでしょうか?

金融正常化へ舵を切るなか、そんな疑問に答える1冊の本が版を重ねています。元日本銀行理事の山本謙三氏が執筆した『異次元緩和の罪と罰』です。山本氏は、金融正常化へ向かう出口には「途方もない困難」が待ち構えていると言います。(全4回の1回目)

※本稿は、山本謙三著『異次元緩和の罪と罰』(講談社)の一部を抜粋・再編集したものです。本書は2024年9月発売、掲載情報は執筆時点に基づいています。

植田日銀の多難な船出

黒田体制のあとを受け、2023年4月に発足した植田新体制は、多くの制約と課題を抱えた中での船出となった。その一端を垣間見るシーンは、すでに就任前からあった。

新しい日銀総裁、副総裁の候補に推挙されると、国会でみずからの所信を述べ、議員との質疑に応じる慣行がある。日本銀行法は「総裁及び副総裁は、両議院の同意を得て、内閣が任命する」と定めており、国会での所信表明と質疑のあとに、両院で同意のための採決が実施される。2008年の衆参ねじれ国会の際には、総裁候補、副総裁候補が所信表明と質疑を行ったあとに、国会で不同意とされるケースが相次いだ。

2023年2月末に行われた参議院議院運営委員会での植田総裁候補に対する質疑では、自民党の世耕弘成参議院幹事長(当時)が質問に立ち、「経済産業大臣などの立場で関わってきたものとして確認したいが、安倍政権の経済政策、『アベノミクス』をどう評価するか」と質した。メディアは、これを安倍派議員による異次元緩和継続のための牽制と報じた。質問に対し植田氏は、「日銀と政府の共同声明に沿って必要な政策を実行し、結果としてデフレではない状態を作り出した」と述べ、「インフレ率が持続的・安定的に2%を達成するよう続けるという意味で踏襲する」との慎重な答弁を行っている。

植田総裁の就任時には、消費者物価はすでに1年にわたり前年同月比2%超えが続いていた。しかし、日銀はこれを「2%の持続的、安定的な達成」とは認めず、異次元緩和を継続していた。

他方、政府は、物価の高騰対策に乗り出し、ガソリン価格や電気料金が抑制されるよう、補助金の交付を始めた。政府が物価上昇の抑制に努める一方、日銀が物価上昇の持続に努める構図は、経済政策の整合性を疑わせる事態だった。

ちなみに、2023年11月に政府が決定した「デフレ完全脱却のための総合経済対策」では、5本柱の第1に「足元の急激な物価高から国民生活を守るための対策」を掲げている。この事実から分かるように、政府によるデフレとインフレ(物価高)の言葉遣いは、一般の理解とは異なる。多くの国民にとって、デフレとインフレは反対語だが、政府の対策では併存可能な用語のようだ。巨額の財政支出と長期にわたる異次元緩和の背後には、こうした巧妙な言葉遣いがあった。