TSMC 相手に任せ、PDKオープン化で囲い込み

TSMC 
売上高:6兆6000億円(2021年) 従業員数:6万5152人

TSMC(台湾)は、たった1社で世界の先端ロジック半導体の実に75%を製造・供給している、世界最大のファウンドリー企業です。台湾という地政学的位置からも、米中覇権争いの中で、最重要物資としての半導体を巡り注目を集めています。

TSMCが新たなファウンドリー事業を起こし、わずか30数年の間に時価総額で世界11位の企業に成長できたのは驚くべきことです。それには創業者であり元会長モリス・チャンの半導体製造にかける洞察力、先見の明、経営者としてのカリスマ性などと同時に、台湾政府の長期的経済政策も大きな要因といえるでしょう。

それらの事情を踏まえた上で、成功の具体的な要因として2点、筆者が感じることがあります。その一つは、半導体の受託生産企業として、生産技術あるいは生産システムのあるべき姿を徹底的に追求し、高いレベルを実現した点です。

筆者があるセミナーでAMAT(アメリカ)の人などから聞いたことですが、TSMCを筆頭とする大手ファウンドリーは、自社工場に製造装置を導入し、立ち上げ、維持メンテナンスをする際に、装置メーカーに相当程度任せて(責任をもたせて)いる、ということでした。

その点、筆者の在籍していた企業(日本のIDMメーカー)では、あくまでも「自社のやり方」の枠内で装置メーカーを位置づけていたように感じます。

AMATの人は、そのようなファウンドリービジネスのやり方に対応するため、単独の装置を売るというより、自社内にもある程度の半導体製造ラインをもち、評価や改良改善を行ないながら、装置(あるいは装置群)を単体としてではなく、「システムとしてファウンドリーに提供する」やり方を構築していたように感じました。

もう一つは、TSMCがファウンドリービジネスを拡大するに際し、PDKのオープン戦略を取ったことです。PDK(Process Design Kit)とは、半導体(IC)の設計に際し、デバイス各部の寸法や各種薄膜の種類や膜厚、さらにはプロセスフローや装置などを記述した仕様書のようなものをいいます。TSMCがファウンドリービジネスで実績を積むに従い、同社がネット上などでオープンにしているPDKに準拠している半導体の製造はTSMCに委託できますが、準拠していない製品は受託してもらえなくなります。

したがってTSMCは、PDKをオープン化することで、結果的には自社への生産委託を「囲い込んだ」ともいえるわけです。このようにTSMCのファウンドリービジネスの成功の裏には、よく考えられた長期的戦略と戦術があったのです。

エヌビディア GPUで世界トップの座を

エヌビディア
売上高:269億1000万ドル(2022年) 従業員数:1万3775人

エヌビディアは今をときめく「ファブレス企業」の雄です。2024年2月の速報によれば、エヌビディアは2023年通期で世界半導体売上のトップに立ったとされます。

創業30年でこのような大躍進を果たした理由はどこにあるのでしょうか。もちろん創業者のジェイスン・ファンに拠るところが大であることはもちろんですが、技術的に見ればエヌビディアがつくり出したGPU(Graphic Processing Unit:画像処理装置)という半導体製品の機能・特徴が、現在の社会・経済の情報化・デジタル化の動きにマッチしたからでしょう。

GPUはその名の通り、もともとグラフィック(静止画や動画)を高速かつ効率的に処理するためのICとしてスタートしました。そのために線形代数に基づく行列計算、いわゆる膨大な「積和演算」、すなわち「掛け算をしてその結果を足し算する」という単純な処理でありながら、膨大な計算量を要する処理を行なうことに特化したプロセッサです。

もちろん、インテルのCPU(MPU)などを使っても同様の処理は可能ですが、汎用マシーンであるCPUには処理速度や演算効率という点でGPUには後れを取らざるを得ません。

これは、一般的に、同じ半導体(IC)といっても、「汎用か専用か」という話にも繋がる面があるからです。

最初エヌビディアは、パソコンやワークステーション向けのGPUを手掛け、次にはゲーム機用や、ビットコインなどの仮想通貨のマイニング(膨大な計算に協力し報酬を得ると)などに向けた業務向けGPUを開発していました。

その後、GPUによる汎用計算向けとしてのGPGPU(General Purpose GPU)を開発し、またアームプロセッサとGPUを統合したSOCの開発など、アプリケーション分野を次々に広げています。

最近エヌビディアはAI(人工知能)、特に「生成AI」の分野でますますその存在感を強めていて、これがエヌビディアを半導体世界ナンバー5の地位にまで押し上げた大きな要因になっています。

以上述べてきたように、エヌビディアの躍進は、「GPU」という半導体がもつ機能・特性が情報化の進むDX社会の要請にドンピシャリ、マッチしたためですが、工場(製造施設)をもたないファブレス企業のエヌビディアが躍進できた背景には、TSMCのようなファウンドリーの存在(支え)があったことも忘れることはできません。

●第4回は【レーザーテック・東京エレクトロン・SUMCO。世界相手に奮闘する日本企業の実力は?】です。(7月19日に配信予定)。

教養としての「半導体」

 

著書 菊地正典

出版社 日本実業出版社

定価 2,200円(税込)