人的資本情報開示の義務化に伴い、企業の健康経営や従業員のウェルビーイングへの関心が高まっている。企業の人事課題解決に向けたソリューションを提供しているアドバンテッジリスクマネジメントは、顧客企業272社・28.8万人のメンタルデータを分析。その結果、従業員のウェルビーイングと生産性の相関関係が明らかになった。担当者2人に分析手法と調査結果の意義を聞いた。

従業員のメンタルヘルスケアに関する20年以上の知見を活かす

アドバンテッジリスクマネジメントは1995年、休職者の所得を補償する「GLTD」(団体長期障害所得補償保険)の専業代理店として創業した。メンタルヘルス不調による休職を未然に防ぐサービスがほしいとの顧客の要望を受け、2002年にメンタルヘルスケア分野に参入。現在は、ウェルビーイングのDX(デジタルトランスフォーメーション) プラットフォームを軸に、心身の健康を含めた幅広い人事課題の解決を支援している。同社は2022年11月、従業員のウェルビーイング実現による企業・個人双方のメリットについての理解を広げるため、「ウェルビーイングと仕事のパフォーマンスにおける相関」分析を実施・公表した。

「新型コロナウイルス禍でワークスタイル・ライフスタイルが変化し、人的資本情報開示の義務化に伴って健康経営やウェルビーイングの社会的認知がより高まりました。従来は学術用語だったウェルビーイングがビジネスの世界でも広がり始めたこのタイミングで、生産性との関係をデータで整理・分析しようと考えました」(アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 上級研究員の土屋政雄氏)

相関分析は、同社が20年以上にわたり蓄積してきた従業員のメンタルヘルスケアに関する知見がベースとなっている。「当社では創業以来、メンタリティマネジメントという言葉を用いて、メンタルヘルスとエンゲージメント(仕事への熱意、信頼・愛着)の2軸から生産性を捉え、企業の健康経営をサポートしてきました。仕事のパフォーマンスが、担当の業務、職務、会社に対するエンゲージメントの影響を受けることはこれまでのデータから分かっています。今回は、メンタリティマネジメントにも通じる概念であるウェルビーイングの観点から、改めて生産性との相関関係を分析しました」(アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 部長の荒木剛氏)。

​アドバンテッジリスクマネジメント調査研究部 部長 荒木 剛氏(右)
アドバンテッジリスクマネジメント調査研究部 上級研究員 土屋 政雄氏(左)

調査では、同社のストレスチェックサービス「アドバンテッジ タフネス」を利用している顧客企業のうち、WHO(世界保健機関)が開発した労働生産性を評価する指標「WHO-HPQ」 を測定している272社、28万8388人分のデータを対象とした。「WHO-HPQは、海外におけるエビデンスも豊富で、かつ日本語訳での妥当性が検証されていることから、日本国内でも広く活用されています。この分野の論文は多く出ていますが、これだけの数の企業・従業員からデータを集め、分析・評価したのはおそらく初めてでしょう」(土屋氏) 。

お金に対して不安のない状態も生産性向上にとって重要

分析の大きな特徴は、「総合ウェルビーイング偏差値」と呼ぶ同社独自の指標案を用いたことだ。「アドバンテッジ タフネス」に登録されている従業員データを「精神症状が良好である」「仕事が楽しいと感じる」「上司や仕事仲間と信頼関係が構築できている」など8つの側面から分析し、導き出した数値が高くなるほど従業員は精神・社会・身体の面でウェルビーイングの状態にあると考えられ、その企業の総合ウェルビーイングも高くなるとみなす(図1)。

図1:「総合ウェルビーイング偏差値」の構成項目
「精神」「社会」「身体」の3つのカテゴリーの計8項目のデータから算出する


そしてWHO-HPQを縦軸、総合ウェルビーイング偏差値を横軸とし、両者の相関関係を示したのが図2である。2つの指標の関連性を測る相関係数は、マイナス1から1の間の値をとり、絶対値が1に近づくほど相関が強く、反対に0に近いほど相関が弱いととらえる。調査では、0.1以上は相関関係が「小」、0.3以上は「中」、0.5以上は「大」とした。

図2:ウェルビーイングと仕事のパフォーマンスの相関〈全企業〉


分析の結果、全対象企業の相関係数は0.59となり、従業員の総合ウェルビーイング偏差値と仕事のパフォーマンスの間には、「中」から「大」の相関関係が認められた。図2のきれいな右肩上がりの分布は、従業員のウェルビーイングが高いと、その企業の生産性も高いことを示している。

企業規模によって相関関係の大きさに違いが見られたのも興味深い(図3)。従業員数100名未満、または2000名以上の企業で相関が高く、中でも従業員数50 ~ 99名規模の企業が0.86で最も大きかった。「50~99名の従業員規模は健康経営やウェルビーイングに関する施策が全社に行き渡りやすいサイズであり、結果が生産性にも表れやすい可能性が考えられます」(土屋氏)。

図3:ウェルビーイングと仕事のパフォーマンスの相関〈企業規模別〉

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さらに、総合ウェルビーイング偏差値では、給与水準や企業による従業員の経済的な安定を支援する取組などとも関係すると考えられる 「経済的安定」も、従業員のウェルビーイングを測る1つの物差しとして採用している。「年収が高いか低いかの金額ではなく、本人が経済的不安を感じていないことが仕事のパフォーマンスの向上につながると考えます。生活の中で心配の種となりがちなお金に対して不安がないファイナンシャル・ウェルビーイングの状態は、生産性向上を考える上で重要なファクターといえるでしょう」(荒木氏)。

今回の調査結果は、特に「ウェルビーイングの改善が生産性の向上につながる」という仮説が支持され得るもので、意義あるデータと考えられる。もちろん、今後検討は必要になるが、従業員のウェルビーイングを向上させることが、中長期的に見た企業価値向上につながることを示す第一歩が踏み出せたと評価できる。