また、13歳でも、15歳でもなく、「14歳」にこだわったのにも理由があります。
14歳は学年でいうと中学2年生から3年生にかけての時期。もう子どもでもなく、かといって大人にもなりきれていない、とても曖昧な年頃です。
体も心も成長してきて、なんとなく大人が近づいてきているようだけれど、具体的なイメージは湧いていない。ふわふわと地に足がつかないような、視界不良の水中でもがいているような、未経験の苦しさを感じている人は多いのではないでしょうか。
実は、僕自身が14歳のとき、本当に苦しくて打ちのめされていたという経験があります。それまでの僕は勉強が得意でスポーツも楽しんでいる、活発な中学生でした。しかし、突然のスランプに襲われたのです。
今思えば、「成長痛」の一種だったのかもしれません。14歳の時期には、毎月1センチずつ身長が伸びていたので、骨や筋肉の成長に、内臓が追いついていなかったのでしょう。
原因不明の倦怠感や落ち込みが続き、勉強やスポーツに対する気力がみるみる落ちていってしまいました。大好きだった部活も休んだり、早退したりする日がポツポツと増えていきました。
体調不良で、外出する気にもなれなかったので、家で本ばかり読んでいました。このときの読書体験は人生に生きたと思っていますが、近代文学の闘病記を読んで「自分もいつか死ぬのかもしれない」とさらに落ち込むこともありました。
当然、成績も落ちます。憧れていた志望校の前に雲がかかり、遠のいていくようでした。「僕の人生はこのままずっとどん底かもしれない」と、将来にも絶望感が募り始めました。
元気はつらつ少年だった僕が塞ぎ込む様子を見て、両親も心配していました。
幸い、体の成長が徐々に落ち着き、15歳を迎える頃には自然と心身の不調が解消し、トンネルを抜けることができたのですが、暗い道の途中ではずっとモヤモヤしていました。
僕は基本的にポジティブでアクティブな人間なのですが、14歳の時だけは暗く沈んだ記憶に覆われているのです。人生でまさに〝絶不調〟を経験した初めてのタイミングが、14歳でした。
その頃の気持ちを振り返ってみると、将来について希望を持つこともできず、「絶不調でひとりぼっちの自分」と「社会」は分断されていました。そして、自分や社会の先にある「未来」も、自力ではどうしようもない、つかみどころのないものでした。
僕ほどではないにしても、同じようなウツウツ、モヤモヤを抱えている14歳は、きっと多いのではないでしょうか。
だから、僕は語りかけたくなったのです。あの頃の自分自身に。
この連載では、14歳の頃の僕を現代に呼び寄せたつもりで、〝君〟と語りかけながら、話をしていきます。「現代」を起点にしているので、「暗号通貨」や「クラウドファンディング」など、僕が14歳の頃にはまだ登場していなかったものについても触れています。仕事のことや、人生のこと、世の中との関わり方……。こういった話を「お金」を通じて伝えていきたいと思います。