米国の課税案は格差是正の一環

前述のような利点がある自社株買いだが、米バイデン大統領のもと課税が検討されている背景には何があるのだろうか。

前提として押さえておきたいのが、規制案は2021年の大統領選においてバイデン氏が公約に掲げていた、大企業や富裕層に対する課税強化の一環だということだ。バイデン氏は出馬当初から、国内における経済格差の是正を全面に押し出していた。

そのため、翌会計年度の予算の編成方針について米大統領が示す予算教書には、国際的に事業を展開する大企業への法人税引き上げや、資産1億ドル超の超富裕層を対象とした所得やキャピタルゲインへの課税強化など、ほかの税制改革も盛り込まれている。

米国では自社株買いを、配当に代わる株主還元策として実施するケースが多い。かねてから「従業員や事業の成長に投資せず、企業の経営層や富裕層ばかりが恩恵を受けている」との指摘があり、今回、批判の声に応えるかたちで課税案が作成されるに至ったわけだ。

規制で見えてくる「企業・株主重視」の見直し

さらに今回の課税は、過去30年以上にわたって続いてきた米国の企業・株主重視の考えの見直しとも捉えられる。

米国では1970年代まで自社株買いは原則禁止となっていた。企業による自社株の恣意的な価格操作を懸念したための規制だったが、1980年代のレーガン政権のもとで事実上解禁されるに至った。

レーガン政権では労働市場の規制緩和や所得・法人減税などをはじめ、市場での自由競争や企業利益を重んじる数々の施策を実施しており、自社株買い解禁も同じ流れにあった。こうした取り組みは企業の収益力向上を起点として、経済成長につなげていこうという考え方に基づいたものだ。

企業の利益最大化は、株価の上昇を通じて株主の利益拡大にもつながる。「株主の利益を第一に配慮して経営を行うべき」という考え方も支持されていくようになった。その後、レーガン政権から前トランプ政権に至るまで5人の大統領が代替わりしたが、企業・株主重視の流れが根本的に変わることはなかった。

とくにトランプ前大統領はレーガン政権の政策を強く意識して、大幅な所得・法人減税を実施。さらに2020年のコロナ禍では低迷する航空機業界を中心に大企業への公的支援も行っており「富裕層や特定の企業の優遇」との批判の声も多かった。

自社株買いに関連してとくに象徴的だったのは、資金繰りに苦しんでいた航空機製造の大手、ボーイング社への資金援助だ。ボーイングはこれまで、巨額の自社株買いをはじめ積極的な株主還元策を行っており、コロナ禍での資金不足は行き過ぎた株価至上主義によるものだという指摘が多かった。こうした公的援助は大企業優遇との批判をさらに強めることになった。

2021年に誕生したバイデン新政権は企業の自由な経済活動や利益・株価の偏重の見直しを進めている。経済成長の恩恵を中間層へ積極的に還元していくことが、米国の新たな政治姿勢になりつつあるのだ。