NISAの拡充で、資産形成政策は一つの山を越えた。だが、本丸はむしろこれからである。
2024年の抜本的拡充・恒久化を経て、NISAは家計の資産形成制度の中核に位置づけられた。制度の認知度は高まり、若年層から退職世代まで、投資を始める入口としての役割は大きく広がっている。では、次に問われるべき政策課題は何か。
その一つが、企業型DC・iDeCoの再設計である。
5月14日、自民党の資産運用立国議員連盟は、高市総理に対し「日本成長戦略を金融面から支える『資産運用立国』のアップグレード」と題する提言を申し入れた。そこでは、家計の安定的な資産形成を一段進めるため、企業型DC・iDeCoの改革が重要な柱として掲げられている。
iDeCoの壁は「税制優遇の不足」ではない
iDeCoは、掛金が所得控除、運用益が非課税、さらに受取時にも退職所得控除や公的年金等控除を使える、極めて強力な税制優遇制度である。それにもかかわらず、加入者数ではNISAに大きく水をあけられている。
その理由は、税制優遇が弱いからではなく、利用者から見た制度の摩擦が大きいからであろう。加入対象の制約、拠出限度額の複雑さ、拠出額変更の硬直性、最低拠出額、税制メリットの分かりにくさ、手続の煩雑さ、さらに多数の関係機関が絡むコスト構造。iDeCoの課題は、一つの部品の不具合ではなく、制度全体の設計の重さにある。
制度としては優れていても、使うまでの心理的・実務的な負担が大きければ、家計には届きにくい。NISAが広がった理由の一つは、制度の分かりやすさと使いやすさにあった。iDeCo改革も、税制優遇の拡大だけでなく、利用者目線での分かりやすさ、手続の軽さ、助言の受けやすさを含めて考える必要があるだろう。
キャッチアップ拠出は「挽回」につながるか
議連による今回の提言では、DC・iDeCoの50歳以上のキャッチアップ拠出が筆頭に掲げられた。
20代から40代にかけて、誰もが計画通りに資産形成できるわけではない。住宅取得、教育費、親の介護、転職、離職、収入の変動など、家計にはさまざまな制約がある。若年期に十分な積立ができなかった層に対し、50代以降の所得余力を活かして老後資金を挽回する機会を設けることには、一定の合理性がある。
ただし、設計を誤れば、高所得層ほど恩恵を受ける制度になりかねない。所得控除型のまま拠出枠を大きく広げれば、限界税率の高い層ほど税制メリットが大きくなってしまう。
したがって、キャッチアップ拠出を導入するのであれば、低・中所得層への配慮を併せて検討すべきだろう。例えば、税額控除、少額拠出者への補助、事業主によるマッチング拠出の促進などが考えられる。重要なのは、余裕のある人だけがさらに有利になる制度ではなく、老後準備が遅れた人に現実的な挽回機会を与える制度にすることだ。
助言解禁は販売自由化ではない
提言では、DC・iDeCoにおける個別商品の助言・推奨の許容も掲げられた。
現在、企業型DCやiDeCoでは、加入者が自ら運用商品を選ぶことが基本とされている。しかし現実には、投資経験や金融知識に差があり、制度に加入しても適切な商品選択に至らないケースがある。元本確保型商品だけに長期間滞留する加入者も少なくない。
もちろん、元本確保型商品を選ぶこと自体が誤りというわけではない。リスク許容度や年齢、退職までの期間によっては、元本確保型商品が適する場面もある。しかしインフレ下では、リスクを全く取らないこと自体が長期的にみて不利益になり得る。助言を遠ざけることが、本当に加入者保護なのかは再考が必要であろう。
もっとも、助言解禁は販売会社への白紙委任ではなく、求められる規律はむしろいっそう高まる。顧客属性、年齢、退職時期、NISAの利用状況、他の金融資産、住宅ローン、家族構成、リスク許容度を踏まえ、なぜその商品や配分が加入者利益に合致するのかを説明できなければならない。
低コスト商品をどう推奨するか。系列運用会社の商品を含める場合の利益相反をどう管理するか。長期保有に適さない商品をどう排除するか――金融機関に求められるのは、「何を売ったか」ではなく、「なぜそれが顧客の利益に合うのか」を説明できる体制だ。
商品棚とロボアドをどう設計するか
助言のあり方とあわせて重要になるのが、商品ラインナップの設計だ。
提言では、商品除外手続に選択者3分の2以上の同意が必要という条件の緩和、35本以下という商品数規制の見直し、そして指定運用方法の義務化などが掲げられている。これらはいずれも、加入者が長期投資に適した商品を選びやすくするための制度インフラに関わる論点である。
単に商品数を増やせばよいわけではない。古い高コスト商品を温存したまま商品数だけを増やすことは、加入者利益に反する。必要なのは、長期投資に適した商品を比較しやすく提示する商品棚作りである。
低コストのグローバル分散型、ターゲットイヤー型、バランス型、退職接近層向けの低リスク商品、インフレ耐性を意識した資産などを、機能別に整理する必要がある。加入者に「選べ」と迫るだけではなく、選択肢の意味が分かるように並べることが重要である。
提言に盛り込まれたロボアドバイザーの活用も、この文脈で考えるべきだろう。DC・iDeCoで想定されるロボアド活用は、単なる投資一任サービスの導入ではない。加入者の属性に応じて、商品選択、資産配分、リバランスを支援する制度インフラとして位置づけるべきである。
多くの加入者は、毎年ポートフォリオを点検し、相場変動時にリバランスし、退職が近づけばリスク量を落とす、といった行動を継続できない。長期制度であるほど、人間の注意力には限界がある。だからこそ、仕組みとして支える必要がある。
ただし、ロボアド導入には丁寧な説明が不可欠だ。投資一任報酬が長期の複利効果を削らないか。モデルポートフォリオが加入者属性に合っているか。相場急落時の説明責任を誰が負うのか。これらを明確にしなければ、便利な仕組みがかえって新たな不信を生むことにもなりかねない。

