金融庁いわく「ガイドライン違反は法令違反に等しい」
近時の金融機関の役員会で、“マネロン”のキーワードが発されない日はほとんどない。誤解を怖れずに言えば、対応のための事務作業の負荷も膨大で、特に人員の少ない中小・地域金融機関では、他の業務へのしわ寄せを余儀なくされている。
2021年8月に公表されたFATF(Financial Action Task Force)による第四次対日相互審査の結果は、前回の第三次相互審査と同じく日本が「重点フォローアップ国」に据え置かれた。他方、日本の金融庁によるガイドラインについては、法律と同程度の強制力を持つ規制と評価された。
この結果、金融庁から金融機関へのガイドライン厳守が求められる局面となっている。金融庁側は、「法律と同程度のガイドラインである以上、それへの違反は法令違反に等しい」という理屈に沿って、不十分な対応に行政処分を辞さない姿勢で金融機関側に臨んでいる模様だ。
それゆえに、各金融機関側は、絶対的な対応を余儀なくされている。本稿を記述中の4月23日時点で、4月末を報告期限と設定された「(3月末までの)規程などの態勢整備結果」の最終確認に追い立てられている金融機関が大宗を占めることだろう。
さらに、その1か月後の5月末を期限として、3月末基準での対応実態報告も求められている。加えて金融庁からは、4月以降の予定で、リスク分析に基づいた創意工夫や主体的な対応を促進するための「ガイドラインへのよくある質問(FAQ)」の改正も予定されている。
それらの負荷の中で、どうしても自身や所属先に意識を奪われがちだが、マネー・ローンダリング対策強化の影響は、取引先事業者にも否応無しに及ぶ。疑わしい取引の通知件数全体に占める預金取扱金融機関の比率は圧倒的で、2023年実績では、全体の約4分の3に達する[図表1]。
よって治安当局の目線では、預金取扱金融機関は最も注視を要する業種に他ならない。したがって今後も、金融機関に対する調査・実態把握などが金融庁などから寄せられ続けることが見込まれ、そのための協力依頼を取引先事業者にも求め続けざるを得ない。
さらに、調査や把握の過程や結果などに応じて、金融機能の提供制限や謝絶を申し出ざるを得ない局面も見込まれよう。よって本稿では、こうした影響等をごく簡単に考察したい。
最も関係が深いのは外国為替業務
誤解を怖れずに言えば、マネー・ローンダリングに特に関係の深い金融機能は、外国為替に関する分野だ。まずもって連想されるのは外貨両替・外国送金・信用状などであり、そうした中でも相対的に金額の大きな外国送金や信用状などに、一層の注視が求められる。
外国送金の主な動機は、労働者などの郷里送金、留学中の親族などへの学費・生活費送金、輸入に伴う代金の支払いなどだ。こうした中に、不正な送金が紛れ込んでいる実態が見込まれる。
最初に外国人労働者の受入状況に着目したい。昨年10月末時点での届出件数ベースでの外国人労働者総数は204万8675人に達する。時期は異なるものの、昨年1月1日現在の不法在留者総数は7万491人であり、単純計算で労働者総数の29分の1となる。不法在留者の大部分に不法就労を含む経済活動が見込まれることから、誤解を怖れずに言えば、外国人労働者の約30人に1人は不法在留者の可能性がある。
労働者数・不法残留者数双方ともトップはベトナム
これら2数の国籍別内訳の上位10か国を抽出し、不法在留者の上位5か国と同色で着色した[図表2]。結果は、ベトナムが労働者全体の25.3%、不法在留者全体の19.4%を占め、いずれも第1位となった。2位以下には共通する順位はみられなかったが、上位5位以内の括りでは、ベトナム以外に中国・フィリピンが入った。
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2023年平均の産業別就業者数(=日本人+外国人労働者の総数)は、①製造業[占有率15.6%]、②卸売業、小売業[同15.4%]、③医療、福祉[同13.5%]、④建設業[同7.2%]、⑤サービス業(他に分類されないもの)[同6.8%]が上位5業種となっている。
他方、外国人労働者については、第1位こそ同じ製造業なものの、2位以下の順位は異なる[図表3]。また、上位業種に、いずれも総数以上の偏りも認められる。
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直近が2017年度と時点の古い調査であり、かねてより重層下請構造が問題視されている建設業が除かれたデータではあるものの、業種別の受託事業者割合で、製造業は第2位に位置する[図表4]。相対的に規模の小さな事業者が多くを占め、採用難・人手不足を外国人労働者で補う実情が連想できる。
一方、不法就労者の摘発実態では、農業・建設作業者・工員が上位3種の就労内容を占める[図表5]。やや大くくりな区分ではあるものの、建設業労働者は建設作業者、製造業労働者は工員に含まれることとなろう。
これら不法就労者の雇用に伴い、雇用主や斡旋者には不法就労助長罪が適用され、不法就労によって得た賃金は犯罪収益となる。今後ますますマネー・ローンダリング対策強化が見込まれる中にあっては、特に製造業を始めとする外国人就業者上位業種のうち、業容が相対的に小さく、外国人雇用比率の高い事業者に相応の調査対応負担などが見込まれよう。
与信管理の観点では、不法就労助長罪が適用された事業者などの信用が急低下する可能性がある。それゆえに、事前の事業者への注意喚起と日常の情報収集・管理が問われることとなろう。
貿易で紛れ込みやすいのは輸送用機器輸出
次に、輸出入の切り口で考察したい。主要商品別に捉えた2023年の輸出額は100兆8738億円、輸入額は110兆1956億円という輸入超の実態が認められた。
これらの商品分類別の比率が公表されているため、輸出入双方の上位3種を各々赤・黄・緑の信号色で着色した[図表6]。「多額の種類⇒ニーズが幅広く・商取引件数が多くなるため不正な輸出入も紛れ込みやすい」という捉え方となる。
輸出では、①輸送用機器、②一般機械、③その他、の順位となった。①では自動車が全体の四分の三弱、その中でも乗用車が三分の二弱を占めた。②では半導体等製造装置と原動機が上位2分野を占め、③では科学工学機器と写真用・映画用材料が上位2分野を占めた。これら分類・分野別上位のうち、相対的に規模の小さい事業者が関与できる事業に中古車や中古部品の輸出が挙げられる。
2023年の自動車の輸出台数は新車が442万2682台、中古車が153万6472台となった。国別ではロシア向けが3年連続で首位となり、上位10国では7位のケニアと10位のフィリピンがわずかに減少した以外は全て増加した[図表7]。
日本政府は、ロシアのウクライナ侵攻への制裁として、欧米と足並みを揃えて2022年4月から600万円を超える高級車の輸出を禁じた。さらに、2023年8月にはハイブリッド車・電気自動車・商用車を含む排気量1900cc超の車両の輸出を禁じた。
その一方で、ロシア国内での日本製自動車の需要がなお強い模様だ。このため、2023年9月以降は、地続きのモンゴルを経由する形で相当数のハイブリッド車がロシア国内に迂回輸出されている旨の報道もみられている。
長期化・膠着を余儀なくされているウクライナ情勢ゆえ、今後も禁輸措置の拡大やそれに伴う不正輸出などが見込まれる。したがって、マネー・ローンダリング注視業種として、業容が相対的に小さく、輸出比率の高い事業者に相応の調査対応負担などが見込まれよう。
今回の調査でも、「事業の中心はロシア向け輸出」をうたう事業者のホームページなどを相当数見つけることができた。地域別では、富山県からの中古車輸出が2022年のロシア向け全体の過半数を占めていた模様であるため、局所的な注視が求められる可能性もあろう。
マネー・ローンダリングをめぐっては、他の切り口による考察とあわせ、今後も情報提供を行いたい。