娘の心配を笑い飛ばす祥子

母には昔から呼吸器系の持病があり、今も定期的に病院へ通っている。

「大丈夫よ。いつもの咳だから」

「そう? でも、なんだかいつもより苦しそうじゃない? お薬はちゃんと飲んでる?」

「もう、そんなに心配しなくても平気よ。あんたは昔から心配性なんだから」

母は笑って答えたが、声にもいつもの張りがなく、短い言葉のあとにも息を整える間があった。

「それより、あんたはどうなの? 忙しいんでしょう?」

「まあ、それなりにね。でも、ちゃんと休めてるから大丈夫だよ」

「それならいいけど、無理しちゃダメよ」

自分のことより娘の心配をするところは、昔から変わらない。遥花はもう一度体調を尋ねたが、母は大丈夫だと繰り返すばかりだった。

「それじゃあ、またね。何かあったらすぐ連絡してよ」

「はいはい、分かってるわよ」

電話を切ってからも、苦しそうな息遣いが耳に残った。

10年以上前に父を亡くしてから、ずっと実家で1人暮らしをしている71歳の母。

「何かあったら、か……」

たとえ何かあったとしても、離れた場所にいる自分はすぐには異変に気づけない。母の性格上、心配をかけまいと余計に無理をする可能性もある。

遥花はしばらくカレンダーを見つめて考えたあと、再びスマートフォンを手に取った。

 

   ◇

 

週末、遥花は久しぶりに実家を訪れた。玄関のチャイムを鳴らすと、ほどなくして母が顔を出した。

「遥花、いらっしゃい。よく来たわね」

「お母さん、久しぶり。元気にしてた?」

「もちろんよ。さあ、早く上がって」

嬉しそうに迎えてくれた母を見て、遥花も笑顔になった。しかし、近くで顔を見ると、以前より頬がこけ、顔色もあまりよくない。玄関から居間へ向かう短い距離でも、母は途中で壁に軽く手をつき、息を整えていた。

「お母さん、やっぱり具合が悪いんじゃないの?」

「そんなことないわよ。もう年なんだから、疲れやすくもなるわ」

「無理しないでね。今日はゆっくりしてて」

母は笑ってうなずいたが、遥花の胸には電話越しに感じたのと同じ不安が残った。