公務員になるものの……「過労死ライン」超える労働の果て、ついに

卒業年次に新型コロナウイルス感染拡大の影響で大学が閉鎖され、食費や交通費、画材費が浮き、時間もできた。さらに年末になるとなぜか親が心変わりし、予備校時代の夏期講習代が40万円くらい補填された。その後は余命宣告された祖父から100万円の贈与。結果、貯金が200万円ほど増えた。

「たった1年で3倍だ!」喜びと同時にズキリと心がえぐられた。

「卒業間際になって、今さらいったい、何に使えと?」

もっと前にもらえていたら……。なんとも言えない気持ちが胸の中に渦巻く。

卒業後は作家として生きていきたいと思ったが叶わず、とりあえず公務員になった。

手持ち資金は500万円貯まった。荷物は引っ越し先にリュックで運んだ。ようやく実家を脱出した。

月曜日から金曜日、連日夜遅くまで仕事。土曜日はほとんどボランティア状態で時給割れした仕事。日曜日は家族の介護。相変わらずの毎日。職場で過労死ラインを超えたらしい。

昼ご飯は出たので、食費は夕飯だけで済んだ。疲れてかみ砕くのが面倒になってくるとヨーグルトを1パック買って、かまずに飲んだりしていた。

通帳を見た。1年間で350万円貯まった。「すごい」。思わず声が出た。

2年目も350万円……、それまでの貯金と合わせると、1000万円。

「1000万円⁉……こんなに簡単に貯まっちゃうんだ。……このまま働けば、億万長者かもしれない。それから……それから?」

何もすることがない。思いつかないのだ。

「え?」

気の抜けたような声が、一人暮らしの部屋に響く。

……遊ぼうとしてみた。が、30年弱続けた生活は変えられない。ちょっとした遊びは浪費に見えて、次の日にはストレスで寝込んだ。「楽しいって何だ?」

鬱(うつ)だ。

不眠症になった。難聴になった。1日2時間睡眠で働く。

疲れた。もう疲れた。休みたい。眠りたい。

その日、私は無意識のうちに自ら人生を終える準備をした。

が、未遂に終わった。

連絡も入れずに欠勤した。夜になってようやく、冷静になって考えた。

家賃6万円に光熱費と食費を入れて生活費は月に8万〜9万円程度。引越ししなければ年に120万円もかからない、今までずっと普通に続けていた生活。

ふと生活保護費を調べる。月に10万〜13万円。つまり私は過労死ラインまで働きながら、健康で文化的な最低限度の生活に満たない水準で生きている。

「……笑えてくる。……今まで、気が付かなかったんだ……」

そのくらい、追い込まれていた。

思えば、そう。そもそも実家を出るのが目的だった。それなら、お金持ちになる必要はない。