「お金と向き合うこと」は「自らの人生や家族と向き合うこと」。資産形成だけにとどまらない、一人ひとりの人生の物語がきっとあるはず……。このたびFinaseeでは公募企画「あなたの『投資』と人生、教えてください!」を実施しました。全国から寄せられた投資にまつわる人生のさまざまな経験や思いが綴られた投稿の中から選ばれたニックネーム 夕々 重力さん(30代、関東地方在住)の体験談をお届けします。
人生20年を注ぎ込んだ貯金100万円の罠(わな)
「私が何歳か知ってる?……今日、6歳になったんだよ!」
それは父と2人で歩いていた時。「今日は特別扱いしろ」、という子どもなりのアピールだった。父は驚いた顔をした。そして6歳になったばかりの私に150円を渡してこう言った。
「これで、そこの自販機でコーヒー買ってよ」
やれやれ。これが誕生日プレゼントか。ふざけた親だ……と思いながら買う。
しかし父はコーヒーを受け取ると、なんと一人で飲み干した。
「ありがとう。お釣りは誕生日プレゼントね」
ーー早く大人になろう。
そう思った。
父が浪費家のせいで、母はうるさい。たかが数十円の駄菓子でさえ、買えば何時間も怒られた。そんな家庭で育った私はもらったお金は全て貯金するようになった。
「貯まったお金で早く家を出たい」、心からそう思う日々。
高校生になっても、都会に住んでいても、お金を使うことはなかった。スマホを持っていないのは自分だけ。まるで死んだような日々だった。かわりに貯金額は20万円程度になった。
大学受験で初めて出費を経験した。通っていた予備校で買いそろえるよう言われた画材の初期費用は10万円を超え、定期券は月2万円、夏期講習代、平日の食費、受験費用等を全部自分で支払った。
アルバイトは服装を理由に面接で落ち続けた。当時19歳。私服は小学生から変わっていない。初めて服を購入。古着屋で100円だった。
その後ようやく決まった皿洗いは3カ月でクビになった。最終的には派遣に登録し、工場で働いた。貯金がなければ到底乗り切れなかっただろう。ただ、貯金は1人暮らしのための資金なのだから、減らし続けてはいけない。
ストレスで吐いたり、過呼吸になったりしながら生きた。
支出を削り切ると、工夫できるのは食費だけだった。毎食200円くらいで済ませる日々が続いた。
「たまにはぜいたくしよう!」
奮発して、うどん(大)330円に揚げ玉や、ごまをかけて、豪華な食卓を演出した。
そんな日々を過ごしながらも、受験に合格。大学に行くことになったが、授業は平日は夜遅くまで、土曜日も授業。日曜日には家族の介護。丸一日働ける休日がないのには困った。昼は80円のパン。前髪は自分で切り、数年に1回1000円で短髪にし、化粧はしない。遊ばない。それでもお金は苦しかった。
1年生の終わりに資金を切り崩してタブレットを購入した。おかげで座学の授業中にアルバイトができるようになり、貯金が再開できた。
大学3年生になった。アルバイトで貯金は100万円に!
達成感は、すごかった。うれしかった。爪に火をともすようにして、人生の20年以上を注ぎ込んで得た金額だ。これだけ貯めたら、支援がなくても念願の一人暮らしができるだろう。
そう思ったのもつかの間。この時がうれしさのピークだった。
