誰かにすがりたかった夜
数日間、理沙は仕事も手につかず、目の下には濃いクマができていた。
3年間の遠距離恋愛中も彼のことを信じて、その先に結婚という未来も描いていた理沙にとって、そう簡単に癒える傷ではなかった。
大学研究員時代からこれまでの長い年月によって生まれていた情が、どうしても彼を諦められない気持ちにもつながっていた。
そんな理沙の異変に気づいて声をかけてくれたのは、職場の先輩である鈴木(35歳)だった。
鈴木は以前から仕事の相談に乗ってくれる頼りがいのある存在だった。終業後、近くのカフェで「何かあった?」と優しく聞かれた理沙は、せきを切ったように翔太との出来事をすべて打ち明けた。
静かに話を聞いていた鈴木は、コーヒーカップを置いて真っ直ぐに理沙の目を見た。
「ひどい話だけど、そんな男とは今すぐ縁を切った方がいい。貸したお金は悔しいだろうけど、それに執着してこれ以上あの男に関わるのは、理沙さんの貴重な時間を無駄にするだけだよ」
その言葉に、理沙はハッとした。長く付き合ったから、大金を貸したからと、無意識のうちに翔太という存在に固執してしまっていた自分に気づいたのだ。年の差があるから、自分が稼いでいるからと、金銭の貸し借りをルーズにしてしまった自分の甘さにも責任がある。
執着を手放した瞬間
翌日、理沙は翔太に連絡を取り、貸したお金に関する念書だけを郵送でやり取りする手続きを取った。全額戻ってくるとは思っていないが、形式的ではあっても、けじめだけはつけたかった。そして、「二度と連絡してこないで」と一言だけ告げ、彼の連絡先をすべてブロックした。
スマホの画面から彼の名前が消えた瞬間、肩に乗っていた重い鉛のようなものがスッと消え去っていくのを感じた。
◇
季節は巡り、東京の街路樹が鮮やかな緑に色づくころ。理沙の隣には、穏やかな笑顔で歩幅を合わせてくれる鈴木の姿があった。
「このお店、前から気になってたんだよね。今日は僕がご馳走するよ」
「ありがとうございます。でも、次は私が払いますからね」
対等に笑い合える関係が、こんなにも心地いいものだったとは知らなかった。かつて縛られていた視野の狭い世界はもうない。理沙は、目の前に広がる新しい景色をしっかりと見つめながら、軽やかな足取りで都会の雑踏へと歩き出していった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
