春江は実家の前に車を止め、ワイパーを切った。途端に、雨粒がフロントガラスを叩く音が大きくなる。父の法事を終え、夫を駅まで送ってきたところだ。成人した息子は仕事を理由に顔を出さず、夫もそのまま単身赴任先へ帰るため、実家に寄るのは春江だけだった。

「ふう、疲れた」

助手席に置いた菓子包みを手に取り、春江は傘を開いて車を降りた。黒いストッキングに雨が跳ねる。庭の紫陽花は雨に打たれて頭を垂れ、玄関の庇からは絶えず細い水が流れ落ちていた。

久々の帰省で知った現実

「お母さん、入るよ」

引き戸を開けると、懐かしい湿った木の匂いが押し寄せた。

「はいはい、濡れたでしょう。タオル出すからね」

「ありがとう。あ、自分で拭くからいいよ」

差し出されたタオルを受け取りながら、ふと目をやると、玄関の隅には雑巾が置かれ、上がり框の端が黒ずんでいた。廊下へ上がると、天井の端に薄茶色の染みが広がり、壁紙もところどころ浮いている。

「えっ、この辺、雨漏りしてるの?」

一旦台所へ引っ込んだ美知子が、少し困ったように笑いながら顔を出した。

「強い雨のときだけね。すぐ止まるから大丈夫」

「すぐって、今も染みてるじゃない」

「古い家なんだから、少しくらいは仕方ないわよ」

あっけらかんとした物言いに、春江は返す言葉を飲み込んだ。

居間には、洗面器が2つ置かれていた。片方には雨水がたまり、天井から落ちる雫が、ぽつん、ぽつんと音を立てている。そばには古いタオルが何枚も重ねられ、端までじっとり濡れていた。

「お母さん、これ……」

「今日はちょっとひどいわね。でも、場所は分かってるから平気よ」

美知子は慣れた手つきでタオルを替え、洗面器の位置を少し動かした。その迷いのない動きが、かえって春江を不安にさせた。昨日今日始まったことではないのだ。

「業者さん、呼んだ?」

「見てもらったことはあるけど、直すとなると大がかりになるって。まあ、私1人だし、何とかなるわよ」

「1人だから心配なんでしょ」

思わず語気が強くなった。美知子は手を止めたが、心配をかけまいとするように笑った。

「春江は昔から心配性ね。今、お茶淹れるから座ってなさい」

春江は鞄を乾いた畳の上に置き、腰を下ろした。奥の仏間から、遺影の父がこちらを睨んでいるようで落ち着かない。洗面器に落ちる水音だけが、いつまでも耳に残った。