家庭での違和感

あのときの選択は間違っていなかったと、宏隆は確信している。

原稿を読み、作家と意見を交わし、1冊の本が少しずつ形になっていく。書店で自分が関わった本を見つけたときの高揚感は、以前の仕事では味わえなかった。

「斎藤さん、明日の打ち合わせ資料、今日中にお願い」

「はい。確認して送ります」

時計を見ると、19時を回っていた。宏隆は茉莉へ、今日も遅くなると短いメッセージを送った。家に着いたのは、23時近くだった。

「ただいま」

リビングのドアを開けると、茉莉はソファの前で、洗濯物を畳んでいた。テーブルには保育園の連絡帳と、洗い終えた陽菜の水筒が置かれている。

「遅くなってごめん」

「おかえり。ご飯、温めるね」

「いや、自分でやるよ。陽菜は?」

「とっくに寝た」

宏隆は肩を落とした。

「そっか。今日もまた顔を見られなかったな」

「朝も早かったもんね」

茉莉は陽菜の体操服の上に、小さな靴下を重ねた。宏隆は冷蔵庫から夕食を取り出し、電子レンジに入れる。

「仕事が落ち着いたら、遊園地にでも連れて行ってやろうか」

「うん」

気のない返事だったが、宏隆は茉莉も仕事で疲れているのだろうと思った。

幼い娘と過ごす時間が減るのは寂しいが、今はまだ、新しい仕事を覚える時期だ。担当する本も増え、作家との信頼関係も築き始めている。ここで手を緩めるわけにはいかない。

温めた夕食を食べながら、宏隆は鞄からノートパソコンを取り出した。向かいでは、茉莉が畳み終えた洗濯物を抱えて立ち上がる。その背中を見送り、宏隆は再び画面の原稿へ目を戻した。