昼下がりのオフィスには、電話の話し声とキーボードを叩く音が絶えず響いている。紙の山に囲まれたデスクで、宏隆はパソコン画面に表示された原稿に赤字を入れていた。

作家の意図を損なわず、読者に伝わりやすい表現へ整えるのは簡単ではない。何度も読み返していると、背後の島から声が飛んできた。

「斎藤さん。15時の打ち合わせ、会議室Bに変わったって」

「了解です。ありがとうございます」

返事をした直後、パソコンにメールの通知が表示された。午前中に送った修正案への返信だった。提案した一文について、作家から前向きな言葉が添えられている。自分の意見が作品づくりの一部になっていることが、宏隆には素直にうれしかった。

「あれ? 斎藤、昼飯食ったのか?」

「いえ、まだ……」

「そろそろランチ終わるぞ。適当に休憩行けよ」

「はい、切りのいいところでいただきます」

ようやくつかんだ編集の仕事

冬に憧れの出版業界へ転職してから、もう半年ほどになる。

宏隆は新卒の就職活動でも出版社を志望していた。何社も応募したが内定は得られず、別の業界へ進んだ。一度は諦めたつもりだったが、書店へ足を運ぶたび、本に携わる仕事への思いが消えていないことを自覚した。

そんな中、ようやく見つけたのが、今の出版社だった。32歳の未経験者を編集者として採用する求人は珍しい。ただし、給料は以前より下がる。妻の茉莉には、当然強く反対された。

「共働きとはいえ、陽菜もいるし、これからもっとお金がかかるんだよ。わざわざ収入を減らしてまで転職する必要があるの?」

「分かってる。でも、未経験で応募できる編集の仕事なんて、次にいつ出るか分からないんだ」

宏隆は、近年ヒット作を何冊も出していることや、小規模ながら勢いのある出版社であることを説明した。これを逃したら、今度こそ本当に諦めるしかない。そう訴え、何日も話し合った末に、ようやく了承を得た。