忘れられない「小林家のお母さん」の手料理を囲んで
お母さんはあの年代には珍しくオープンマインドな性格で、下宿生の私を気遣い、「こんな料理で良かったら、いつでも食べにきてよ」と声をかけてくれ、お言葉に甘え、月に数回は小林の家に泊まって、お母さんの手料理をご馳走になっていました。
「こんな料理」はとんでもない謙遜で、小林のお母さんはうちの母親とは段違いの料理上手。聞けば、独身時代から花嫁修業で都内の有名な料理教室に通っていたのだそうです。そのせいか、ブイヤベースやミートローフなど田舎者の私は人生で初めて食べる料理ばかりで、小林の家に行くのを楽しみにしていたくらいです。
お父さんは享年69。男性は女性より寿命が短いと言っても早すぎます。お母さんもさぞや気を落としているだろうと思い、お通夜で慰めの言葉をかけようとしたのですが、お父さんが転籍先の役員を務めていたことで仕事関係の参列者も多く、挨拶もそこそこに帰途に就いたのでした。
しかし、お母さんも私とゆっくり話をしたかったらしく、1年後に周忌の供花代を送るとわざわざ電話をくれて、「久々に健吾とうちにご飯を食べに来ない?」と誘われました。お母さんの料理が懐かしく、小林と日程調整してゴールデンウィークに訪問する約束をしたのでした。
チリコンカンに手製のサワークリーム、トルティーヤ、タコのセビーチェ、日本人から見ると思わず笑ってしまうような名前の牛肉とにんにくのスープ(ソパ・デ・アホ・イ・バカ)……。何十年かぶりの小林家の食卓を彩ったのは、本場仕込みのメキシコ料理。小林のお父さんは商社に勤めていて、メキシコなど中南米の駐在が長かったのです。初めてお母さんのメキシコ料理を食べた時は独特のスパイシーな味わいにびっくりしましたが、もともと辛いものが好きでもあり、以降は大好物になりました。
お母さんはそんな私の好みを覚えていて、メキシコ料理を用意してくれていたのです。早速、コロナビールを飲みながら舌鼓を打ち、お父さんの話や昔話に花を咲かせました。
