<前編のあらすじ>
実花と夫・翔太は息子・洋翔を連れて小学生向けサッカークラブの見学へ行く。サッカー経験者の翔太は、実績あるクラブに強い期待を抱き、洋翔が楽しそうにしている様子を見て、その場で入会を決めようとする。
実花は、本当に続けられるのか不安を覚えるが、父子の盛り上がりの前に強く反対できないまま、入部手続きは進んでいく。その後、ユニフォームや道具、月謝以外の費用も次々と明らかになり、家計面の負担にも実花は戸惑う。
それでも翔太は「スポーツにはお金がかかるもの」と意に介さず、熱を入れていく。だが、半年ほどたつと洋翔は練習日に起き渋るようになり、帰宅後も疲れ切った様子を見せようになるのだった。
●前編【「センスあるかも」が課金地獄の始まり…息子の習い事見学で母が飲み込んだ不安の正体】
父の期待と息子の拒絶
クラブ入会から1年ほど経った週末の朝、リビングには練習用のバッグがぽつんと置かれていた。翔太は玄関脇で車の鍵を持ち、壁の時計を何度も見ている。
「洋翔、そろそろ行くぞ」
しびれを切らした翔太が声をかける。しかし、洋翔はソファの端に座ったまま、背中を丸めていた。
「聞こえてるのか?」
「……うん」
返事はしたのに、洋翔は動かない。
最近の洋翔は、行き渋りが常だった。しかし今日は、いつもに増して洋翔は動こうとしていないような気がした。
「洋翔? しんどいの?」
「熱もないし、眠いだけだろ。ほら、早く車に乗れ。遅れるぞ」
「……行きたくない」
「は?」
翔太が眉をひそめる。洋翔は、翔太のほうを見ないまま、もう一度、小さな声で言った。
「もう、サッカー行きたくない」
実花は朝食の片付けをしていた手を止めた。驚くと同時に、ついに来たか、とも思った。しかし翔太はしばらく黙ったあと、強い口調で言った。
「何言ってるんだよ。今まで頑張ってやってきただろ」
「でも」
「でもじゃない。途中で投げ出す癖なんかつけたらだめだ。今日も行くぞ」
洋翔の肩が小さくすくむ。
「翔太、無理に行かせるのは」
「実花は黙ってて。ここで甘やかしたら、逃げ癖がつく。洋翔のためにならない」
翔太はそう言って、バッグを持ち上げた。
「お金だってかかってるんだぞ。ユニフォームもトレシューも、月謝だって払ってるんだから」
その瞬間、実花の中で自分の意見が固まった。
費用の件は、たしかに重要な問題だ。しかし、それは夫婦で話し合うべきことで、息子に背負わせるべきではない。
実花は、今にも泣きそうな顔でうつむいている洋翔の隣に立ち、翔太に向き直った。
「待って。それは今叱ることじゃない」
「でも」
「まずは、洋翔の話を聞こう」
実花は洋翔の隣に座り、テーブルの上に置かれたクラブバッグを端へ寄せた。
視界に入るだけで、洋翔がまた責められているような気持ちになるのではないかと思ったからだ。翔太はまだ納得していない顔で立っていたが、実花が向かいの椅子を指すと、短く息を吐いて腰を下ろした。
