娘の沈黙と、剥がれ落ちるプライド

引っ越しの日の美咲の顔を、私は一生忘れないだろう。

自分の部屋の半分にも満たない「新居」を前に、彼女は一言も発さず、ただ自分の荷物を狭い和室に運び込んだ。

「ごめんな、美咲。すぐにまた広いところに引っ越すから」

私の言葉に、娘は視線さえ合わせず、「……別に」とだけ答えた。それ以来、会話は途絶えた。

妻はスーパーのパートに出るようになったが、かつての「社長」だった私は、ハローワークで提示される「月給25万円」の求人に、どうしても判を押せなかった。自分はまだ、こんな場所で終わる人間ではない。その無駄なプライドが、私の首を絞め続けた。

生活費は底をつきかけ、借金の返済に追われる日々。私は家族に内緒で、夜勤の警備員のバイトを始めた。

「夜は再起に向けた勉強をしている」と嘘をつき、深夜の道路に立つ。時給1750円。タワマン時代なら、シャンパングラス一杯分にも満たない金額を稼ぐために、私は頭を下げ続けた。

深夜の邂逅、最悪の瞬間

そして、その夜が来た。大型ダンプを誘導し、一息ついた瞬間に視界に入ったのは、コンビニの袋を下げた美咲だった。

街灯に照らされた私の姿はあまりにも無力だった。

美咲は驚愕に目を見開き、私は誘導灯を持ったまま硬直した。

逃げ出したかった。地面が割れて、そのまま消えてしまいたかった。娘にだけは、この姿を見られたくなかった。

美咲がゆっくりと口を開く。その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちるのを、私はただ、絶望の中で見つめることしかできなかった。

●夜の工事現場で鉢合わせた父と娘。その時、娘が放った「意外な言葉」とは? そして、崩壊寸前の家族が最後に手にした「本当の資産」の正体とは。後編【「何が恥ずかしいの!」深夜の工事現場で泣き崩れた娘の叫び…タワマンを去った家族が見つけた「本当の資産」】で詳説します。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。