全部食べ切るのは失礼

「これ絶対美味しいね! あっ、こっちの料理も2個頼むよ!」

席につくなり、万姫は分厚いメニューをめくりながら次々と料理を注文していった。そのテンポの速さに、理沙は思わず口を挟んだ。

「万姫さん、少し多すぎませんか? このお店、けっこう量は多めですよ」

しかし彼女は、笑顔でさらりと言い切った。

「大丈夫、理沙さん。問題ないよ」

万姫は自信に満ちた様子だったので理沙はそれ以上何も言えなかったが、数分後、理沙が思っていた通り、5人で食べるにはあまりに多すぎる量の料理が、テーブルに所狭しと並べられた。香りと見た目だけでお腹がいっぱいになりそうな豪華なラインナップだ。

「わあ、こんなにたくさん……」

理沙は圧倒されつつも、少しずつ箸を伸ばしていった。万姫一家も出てきた料理に舌鼓を打ちながら、久しぶりに会う李偉との会話を楽しんでいるようだった。

会食は円満に進んだ。簡単な中国語ならなんとか聞き取ることができる理沙も会話に参加し、ほとんど日本語ができない万姫の夫や息子とのコミュニケーションには李偉が通訳をしてくれた。万姫たちは家族全員が人懐っこい性格なのか、生真面目さと慎重さが取柄の理沙もすぐになじみ、楽しい時間を過ごすことができた。
だが――

「ごちそうさまでした!」

万姫たちがそう言って席を立った瞬間、理沙は驚きを隠せなかった。テーブルの上には山のように残った料理。なかにはひと口くらいしか手を付けていないと思われる皿もある。理沙がそれを見ながらあたふたしていると、万姫がにこやかに言った。

「これくらい残す、普通のこと。全部食べきるは、失礼ね。あと、もったいない」

「もったいない……?」

その言葉に、思わず李偉の顔を見た。すると、彼は申し訳なさそうに肩をすくめながら説明を始めた。  

「中国ではね、食事を残すことは豊かさの象徴なんだ。全部食べ切っちゃうと、お腹いっぱいになれなかったとか、料理が足りなかったって思われることもあるんだよ」

その言葉を聞いても、理沙は完全には納得できなかった。

フードロスという考え方がある。環境を守るためにも、食べ物は粗末にしてはいけない。だから、大量の残飯を出すことに違和感を覚えるのは当然だと理沙は思う。だが、すでにお腹はいっぱいだし、ここで何か苦言を言ってなごんでいる場に水を差すようなことも気が引けた。

文化の違い。

出会ったときすでに日本での生活に慣れていた李偉からは感じたことのないギャップだったが、理沙はそう言い聞かせて納得するほかにないと思った。
「そうなんだ……」

笑顔を作りながらうなずいたものの、胸の中にはどうしてもモヤモヤした感情が残った。