来週から始まる春節に合わせて、義姉の万姫(ワンヂェン)が家族を連れて中国からやってくる。理沙が夫の李偉(リーウェイ)からそんな報告を受けたのは、年が明けてすぐのころだった。
学生時代に日本へ留学してきて以降、そのまま日本で働いていた李偉と知り合った理沙が国際結婚をしたのは、もう3年ほど前のことになる。
当時は感染症の水際対策の影響もあって、自由な行き来が出来ず、中国に住んでいる李偉の家族とは、結婚の挨拶のために中国へ行ったとき、1度会ったことがあるだけだった。
義姉の万姫ともそのとき1度会っている。親日家で気のいい万姫はパワフルで、比較的温厚で物静かな李偉とは似ても似つかない人だったことを覚えていた。
しかも今回は、初めて日本で祝う春節。最初の数日は理沙も李偉も休みを取り、万姫たちに日本を案内することになっていた。万姫からは毎日のように「楽しみだ」という連絡が来ていることを李偉を通して理沙も知っている。
「理沙、姉さんたちは夕方の6時ごろには空港に到着する予定だから、よろしく頼むよ」
「……うん、分かってる。渋滞するかもしれないし、早めに出ようね」
理沙は李偉に微笑み返しながら、義姉一家に楽しんでもらえるようなもてなしができるように静かに祈った。
1月29日の春節初日。
空港に万姫(ワンヂェン)たちを迎えに行った理沙は、早速驚かされた。
万姫とその家族は山のような荷物を抱えて現れ、こちらを見るなり「ようやく会えたね!」と日本語で叫び、理沙の手を力強く握った。
「それにしても万姫さん。ものすごい数のスーツケースだね……」
空港で荷物を運ぶのを手伝いながら理沙がそう尋ねると、万姫は笑顔で答えた。
「中国、買って帰りたいもの、たくさんある! これでも全然足りないよ!」
そう言って日本で買いたいものリストを次々と挙げ始めた万姫。大量のスーツケースは、日本で購入したお土産を詰め込むためのものだったらしい。そして驚くべきことに、親族や友人から頼まれた物だけでも、スーツケースがいくつか埋まりそうだという。
特に今回は、春節の時期の訪日ということで、万姫自身も相当気合が入っているようだった。
理沙は自分の左右に預かったスーツケースを転がしながら、中国の旧正月における莫大な経済効果のニュースを思い出した。
パンデミック前は、中国人観光客の訪日によって、春節の期間だけで1000億円以上が消費されたという。ここ数年、感染症の影響もあって消費額は一時的に落ち込んでいたが、最近は行動制限が解除され、以前の水準に戻りつつあるそうだ。
爆買いする気満々の万姫たちを眺めながら、これは経済が大きく動くわけだと理沙は1人納得した。
滞在予定のホテルに荷物を置き、理沙たちは万姫の希望でよくあるチェーンの居酒屋に向かった。
どこにでもあるような当たり障りのない店でいいのだろうかと理沙は疑問に思ったが、日本のフランチャイズチェーンは中国でも有名で、万姫も一度来てみたかったのだという。