<前編のあらすじ>
夏子(28歳)は、1年前のクリスマスの夜、陸人(33歳)から付き合おうと告白される。ごく普通の母子家庭で育ち、ごく普通のOLとして働いていた夏子には学生時代から8年間付き合って同棲もしている健太がいたが、なかなか結婚に踏み切らない健太にうんざりしていた。
勤めている会社の御曹司でもある陸人からのプレゼントや、連れて行ってくれるレストランなど、これまでに経験したことのないセレブの世界に驚きと感動を抱いた夏子は健太と分かれ、陸人と付き合い始める。
1年たっても付き合いは順調で、都内の高層マンションで同棲を始めていた。しかし、陸人は取引先の社長令嬢と婚約しているといううわさを社内で耳にする。
●前編:「君じゃないとダメなんだ」8年付き合った彼から御曹司に乗り換えた結果…アラサー女性が知った「セレブな彼の驚きの秘密」
疑惑
あの日、聞いてしまった陸人にいいなずけがいるといううわさは、一度気づいてしまうとどんどん大きくなっていく虫食い穴のように、夏子の心をふとした瞬間に不安でさいなんだ。
もちろん陸人にはそんなこと、直接聞けるはずもない。だがたとえいいなずけがいるとしても、陸人の心は自分にあると夏子は思っていた。親同士が勝手に決めた婚姻によってその子供が割を食うことは、きっと陸人たちのようなセレブには珍しいことではない。陸人はちゃんと自分を愛してくれているはずだ。
社内を歩いていると、通路を横切っていく陸人が見えた。夏子は無意識のうちに陸人の後をつけていた。しかしすぐに声がして、夏子は通路の角を陰にして身を潜め、数メートル先にいる陸人と誰かの会話をのぞき見る。
「このたびはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
どうやら陸人と話しているのは別の上役のようだった。
「これでうちも安泰ですね」
「そうですね。精いっぱい頑張らせてもらいますよ」
「そうだ。高宮専務、式はいつのご予定ですか?」
「ああ、春には挙げようかと思ってます。両親も妻も張りきっちゃってて、なんだか僕だけ乗り遅れてる感じで」
「まあ男はね、そんなもんですよ」
あとはもう耳に入ってこなかった。めまいがして視野が狭まり、夏子はよろめきながらトイレに逃げ込むことしかできなかった。